どんな偉人が現れるのかと思ったけれど、源九郎義経、と名乗った青年は存外に普通の青年だった。否、やはり総大将を名乗るだけはあり頼もしい印象はあったが、その表情や反応は年相応(多分、20代前半)のそれで、私は少し肩の力が抜けた。


「九郎、黙ってないで何か言ったらどうですか。ほら、彼女も困っているじゃないですか」

「…お前はあの話を聞かされたばかりの俺に、どんな反応を期待しているんだ」

「いやだな。僕は現状を伝えただけで、別に君をどうしようなんて思ってませんよ」


"君が連れてきたこの女性は、異世界から来たようです。"
そんな簡潔な説明で紹介された私も、どんな表情を浮かべたらいいかわからない。とりあえず軽く会釈した。紹介された方も戸惑っているようで、口を半開きにしたまま眉をしかめている。


「ええと、だな。お前…菅原あかり、といったか」


軍師と名乗る男に促されて、九郎義経は頭を掻く。対処に困る、といったところか。


「怪我は無いのか」

「は、はい。お陰様で」

「俺が見つけた時、お前は合戦に突っ立っていた。斬り捨てられる寸前なんだぞ。どんなに危険だったか…覚えてないかもしれんが」

「その節はありがとうございましたっ…!」


そういえば、命の恩人なのだ。覚えている。髑髏に襲われ、気を失う寸前に彼の怒声を聞いた。あまりに現実離れした事態に動揺し、お礼を言いそびれていた。慌てて頭を下げると、彼は神妙な顔をして私を見下ろした。


「…こいつの言うことに、何か異論は?」


――文句ならば、腐るほどあるが。
義経の、くるくると跳ねるポニーテールを見つめながら思う。史実で、美女であった母・常盤御前の血を濃く継いだされるだけあり、この眼前の彼も綺麗に整った顔をしていた。凛々しい印象が強いが、たまに幼い少年のような表情が垣間見える。


「…正直に言いますと、まだ全然信じられません」


まっすぐ彼を見返すと、彼の力強い眼差しに、私の姿が映った。それはどこか夢現で、この事態は現実ではないのではないかとつい綻びを探してしまう。しかし九郎義経の腰の刀に、あの合戦、血の匂いが嫌でも蘇った。紛れもなく、これは現実であると私に突きつけるように。


「ここが平安時代末期に良く似た異世界で、貴方が源義経で、合戦の最中で。全てが夢なんじゃないかと、自分の五感さえ疑いたい気分なんです」


けれども、疑えない。私の希望に反して、頭のどこかでこれが現実だと感じている。


「この人が言ったことは、多分、今わかる限りの全てだと思います。ここが異世界だとかいう話はよくわからないですけれど、私が居た場所と違うことは確かですから」

「…そうか」


九郎義経は諦めたように息を吐くと「摩訶不思議もあるもんだな」と呟いた。驚いたことに、彼は異世界説を肯定するらしい。信じられないよりはいいけれども、そうあっさり肯定されるとこちらが戸惑ってしまう。


「…で、そいつをどうする気だ?誰か手の空いている者に近隣の村まで連れて行くように頼むか」

「九郎は薄情ですね。自分で拾っておきながら、放置ですか」

「そういうわけではない!だがな、今は大事な戦いの途中だろう」


すっかり話を置いてきぼりにされていた私は、その会話に我に返った。
戦場に女人を置いておくわけにいかない。それは当然、足でまといになるから。この時代には女兵もそれなりにいたらしいが、少なくとも、私は足を引っ張るタイプである。近隣の村に送られる、それは的確な判断だと思う。でも…嫌な想像が能力をよぎった。

(近隣の村でそのまま、訳もわからず一生を過ごすことになるんじゃ…)

片や源氏軍、私は不審人物。出会えただけで奇跡、再会は保証されない。その瞬間、考える間もなく私は声を張り上げていた。


「あの…!私を、軍に入れてもらえないでしょうか!!」






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