世間には、タイムスリップ小説やら異世界トリップ小説やら、とにかく"現代とは違う何処か"へ主人公が誘われるという趣向の物語が無数に存在する。割と本は読む方の私も、その類の小説には度々お世話になっており、つまり嫌いではない。けれどそれを好むという心理は、現世からの逃避、今の自分とは違う自分への渇望…なのではないかと思ったりもする。予断だが、私自身歴史という学問にのめり込んでいる辺りにその気があるのではないかと危ぶんでいるが。
だが、しかし。
実際に過去へ飛んできたとなると話は別で、しかもそこは過去ではなく異世界だった、らしい。


「古来より、この京には異世界からきたとされる人物が幾つかの伝説として語りつがれています」


青年は相変わらず、穏やかな顔のまま語りだした。私はというと、寝かされていた台の上から身体を起こしたまま、彼の視線に射すくめられて微動だにできない。


「多くは"龍神の神子"と名乗る少女で、彼女達は京が危機に晒されたときに天から舞い降り、京を厄から救ったそうです」


いわく、"鬼"から人々を救ったという。


「天から、というのは表向きです。詳しい記録にはこんなことも書いてあるのですよ。"神子達は度々、この京が自分達の世界の過去と似ていると言っていた"とね」


青年は怪しい笑みを浮かべて口を閉ざした。


「…それで、何故私がその類だと断言できるのですか?」


まだ私は彼に「自分が未来からきました」的なことを一言も言っていない。が、彼の言葉に動揺を隠せていないのは事実。彼は私の反応を楽しむようにして、言葉の先を促す。


「もしかして、私が神子だとでも…」

「いいえ。残念ながら貴女は神子ではないでしょうね。貴女から神気はまるで感じませんから」


ばっさりと間髪入れずに、全否定。
話を聞く限り、神子はこの世界において救世主のようなものらしい。もし自分がそれであるならば「なんて小説的な」とこの状況が夢であることを疑ったのだが、否定されたあたりが現実的だった。


「――気になったのは貴女の容姿です。村娘にしては力も無さそうで、手荒れも少ない。貴族の娘だとしたら、そんな格好をしている訳も理由もわからない。そして、戦場での話。突然現れたというじゃありませんか。しかも状況を把握しきれずにぼんやりしていた、と。推測するのは難しくない話ですよ」


青年は、その手の知識が豊富らしい。だが鋭い洞察力である。緊張と動揺のあまり握り締めたままの自分の手を見下ろし、緩く開いた。その手は確かに、あかぎれひとつないもの。改めて指摘されて自分が今まで、どんなに便利な世界にいたのかがわかる。


「まあ、決め手は貴女が寝言で九郎の名前を口にした、からですけれどね」

「九郎?」


聞きなれない名前に首を傾げると、青年は詰まらなそうに視線をずらして答えた。


「この陣の総大将ですよ。まさか、知らないわけがないでしょう」


そして、何かを見つけたのか私の背後を見遣って唇をゆがめる。誰かを誘うように軽く手を振った青年に嫌な予感がして私が振り返ると、髪をひとつに結い上げた若者がこちらへとやってくるところだった。


「源九郎義経。鎌倉殿の弟君です」


紫裾濃の威――こそ身につけていなかったが、目の前の青年の口ぶりから、この若者がかの有名な義経であるらしい。
著名人との思わぬ遭遇。私は引きつった笑みを貼り付けた。


100327



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