戦場、そして武者姿の髑髏。絶体絶命の瞬間、突然現れた白刃の煌き。紫裾濃威の鎧を纏う青年。走馬灯のように、あの時の情景が脳裏を駆ける。


――ああ、そういえば。紫裾濃威の鎧って、義経が身に付けていたっていわれているものじゃあないか。


夢見心地のまま思う。定説ではないが、確か平家物語ではそのように描写されていたと。

平安末期の兵、落ち武者姿の髑髏、そして――源義経。
やはり、夢なのだ。そんなわけない、私が平安末期へ飛ばされた…だんて事あり得るわけないじゃないか。ただ、とてつもないリアルな夢を見ていたのだろう。きっと目を開けたら、見慣れた天井が目に入る。私は夢を思い出して、思い切り笑うのだ。どれだけ私は、歴史好きなのだ、と。

――しかし再び目を開けたとき、その願望は叶わなかったと知る。私の前には穏やかな笑みを浮かべた青年がいた。




「ただの軍師です」


にこり、と。効果音がつきそうな程自然に柔らかい笑みを彼は湛えていた。萌黄っぽい色の着物に、濃紺の布を頭から被っている。布から覗く栗色の髪は癖がちだが柔らかく、そして彼の整った顔を一層優しげに見せた。…そして、確実に私の知らない人。


「まだ少し、顔色が優れませんね。どこか痛い所などはありませんか?」

「あ…いえ、特には」

「良かった。けれど町へ戻ったらもう一度、詳しく調べさせてください。頭を打ったかもしれない。後から後遺症が残ったら大変ですから」


戸惑う私を余所に、彼は会話を続けていく。この状況、やはり私は戦場から助け出されたらしい。そして目の前の彼が介抱してくれたのだろう。やはり…あの戦場はやはり現実だったのだ。
まさか、という思いと不安とで彼に縋るように視線を向ける。すると彼は何を思ったのか、笑顔で私の肩を叩いた。


「安心してください。僕、薬師でもあるんです」

「いや、そうじゃなくて…!!」


私は軍師と名乗った彼が治療なんてできるのか、などと心配になったわけではない。状況を、はっきりさせなければならないと思った。今にも「どっきりでした」と見知った顔が現れるのではないか、とこの期に及んで私は無駄な期待を抱いている。けれど彼は、そんな素振りはひとつも見せない。いよいよ私は、覚悟をしなければならないらしい。


「あの、ここは本当に源氏軍なんですか?」


百歩譲ってここが平安末期だと考えよう。私はタイムスリップをして、源平争乱期へ迷い込んだ。となれば、どちら側に着くかどのように動くかで生死に関わる。幸い私は日本史の知識が豊富であるし、すると情報を制する者が勝つというのが真実である。


「ええ。間違いないですよ」

「…敵軍は、源義仲?」

「よくご存知ですね。そうです。今から僕達は、義仲殿を討ちにいく」


源――木曽義仲と知られる人物は、宇治川の戦いで有名な武士だ。源氏でありながら京で狼藉を働き、そして追討令が出された。頼朝の命で義経は、もうひとりの兄弟である義範と共に彼を討ちに行くのだ。その舞台が宇治川。先程「宇治川の源氏軍」と聞き、もしかしたらと考えたのだが、見事にビンゴだった。
青年が、嘘をついているようには見えない。今から義仲を打つ、宇治川の戦い直前の源氏軍。そんな状況。

(けど、分かったからってどうすればいいのよ。私、武術とか習ってないし)

時代トリップ小説の主人公は大抵、何らかの特殊能力があるのが基本ステータスではないのか。この時代、主役は武士なのだから自分も武士に関わるべきだと思う。そして、私は戦場へと送り込まれた。これはやはり、源氏軍に関われというメッセージなんだと思うのだけれど。
残念なことに、私は平平凡凡な女子高生。


「やはり君は、僕が思った通りの人のようだ」


結局戸惑いから抜け出せずに脱力した私へ投げかけられたのは、青年の意外な言葉だった。彼とは初対面、それだけは間違えない。けれど彼は"まるで私が現れることを予期していた"かのような表情。


「そう、怯えなくても大丈夫ですよ」


青年の指が私の輪郭をなぞる。整った顔が近くにあり、しかも彼は艶っぽい声色で囁いた。けれども私は赤面する余裕などなく、ただ青褪めて、目を見開くしかなかった。なぜなら、彼はその顔を不敵な笑みに歪め、愉しそうに言ったのだ。


「君、異世界から来たのでしょう」


そう、はっきりと。当の私さえ信じられないことを、あっさりと彼は肯定したのだった。


100326



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