九郎が厄介ごとを拾ってくることは多いが、戦場から女人を拾ってくることは初めてだった。当たり前だ。そんなこと、頻繁にあったら困る。

(最も、九郎は厄介事を引き付ける天才のような男。仕方ない、ですかね)

弁慶は心の中でそう結論付けると、目の前の"自分に任された仕事"へ向き直った。

(…命に関わる怪我は、なさそうだ)

ちょっとした擦り傷や打ち身こそあるが、横たわるその女の身体は綺麗すぎる程傷が無い。否、女と呼ぶにはまだ幼い顔立ちだ。十代後半だろうか。

その日九郎を中心とした源氏軍が戦っていたのは、敵軍というよりも、正しくは怨霊の群れだった。正式な合戦ではなく、移動中に遭遇して戦う羽目になったというのが事実である。生身の人間相手と違って、怨霊相手の戦闘は面倒だ。それは、怨霊には「死ぬ」という概念が無いからである。彼らは死なない。ただ、無差別に生者を襲う。源氏軍はこの怨霊たちに閉口していた。平家の放つ怨霊に立ち向かうすべが今のところ、源氏軍にはない。しかも今回は元々平家との戦ではないのだ。逆賊とされた義仲を打つべく宇治川まできたのだが、途中で平家が怨霊を放ち、邪魔をしていきたのだった。
それは兎も角。
今取り上げるべき問題が起きたのは、その合戦中である。

(九郎が戦闘中に、女性を拾ってくるとはね)

何でも、戦乱のど真ん中にいたらしい。否、現れたという。そして怨霊に襲われていたところを九郎が助け、連れてきた。
話を聞いた当初、弁慶はもしや彼女は怨霊なのではと危ぶんだが、どうやらそれは無さそうだ。少なくとも弁慶が検診した限りでは、彼女は生者と何もかわらなかった。

(ぼんやりと…戦場に現れた女。状況が分かっていないかのような…)

弁慶は、口元に手を当てて考える。
あらゆる仮説を立てたが、どう考えても奇妙さがぬぐいきれない。弁慶は自分が他の誰よりも、このような事態に場慣れしていると自負していた。軍師として源氏についてからだけでない。昔から、あらゆる物事を整理、分析し、綱渡りのように様様なことを天秤にかけて、今こうしてここにいる。そう――応龍が消滅した時も、ある程度の予測は立っていたのだ。
それなのに、一人の少女の存在ひとつに今、まるで歯が立たない。そのことに弁慶は、酷く興味をそそられていた。

(…もしかして)

と思い当たることが、実を言うとひとつだけあった。それは古い事例を元にした話。あまりにも古く現実味を帯びない話なため、伝説と言われている筋のものだ。だが、それを元に仮説を立てれば全てがすっきりと落ち着く。事実は彼女が目覚めてからでないとわからない。けれど確立は、高いと思う。それは先程"綺麗すぎる"と言ったこととも関連していた。

(ここらの村娘では、ないでしょうね)

そして恐らく、町娘でもない。弁慶が注目していたのは、手、だった。
横たわる彼女の手には、あかぎれどころか豆ひとつない。普通、庶民の娘は日常から親の家事手伝いや田畑の仕事を手伝わされる。そのような痕跡が一切無いとなると、余程いい所の娘か。しかし、それなりの家柄の娘がひとり戦場に来るわけがない。それに、彼女の服装は"良いところのお姫さま"からはかけ離れていた。
彼女は、濃い色の上着に袴姿という、なんとも質素な格好だった。胸の辺りまで垂れた髪は、耳の横で二つに結われている。顔立ち、体つきはどう見ても女なのに、女っ気の無いその服装が奇妙さをかもし出している。

(あの九郎が、よく一目で女性と気づいたものだ)

背も高くない彼女は、そっと立っていたら少年に間違えられてしまうだろう。

(村娘でもない、名家の娘でもない)

龍について調べるうちに出てきた伝説。それは京の町を守ったある少女、そして――異世界から来たという、人々の記録であった。


その時、彼女の瞼が震えた。






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