贈り香


「弁慶さん、お誕生日二月なんですか…」


何故かガックリと肩を落としたあかりに九郎や景時は首を傾げる。望美だけが、あかりに同情するようにして頷いた。


「あかり、弁慶さんにいつもお世話になっているし何かお礼がしたいってずっと言ってたんですけど、機会がなくて実行に移せないんです。で、私がお誕生日だったらお祝いも兼ねて何か贈り物もできるねって」

「でも…半年以上も先ですね…。」


季節は夏に差し掛かった頃である。二月というのは遠い先の季節だった。


「でもさ〜。別に誕生日じゃなくても、贈り物くらいはしていいんじゃないの?」

「そうだな。理由なんていらないだろう、恋人相手に贈り物なんていつでも構わないじゃないか」

「そう…ですね…恋人ですし…ね…」


口々に意見する景時と九郎に、しかしあかりの顔色はどんどん悪くなる。確かに立場は恋人であるし、あかりは弁慶を好いている。だが弁慶はというと、この関係をゲームのように考えているのだ。少なくとも、あかりはそう思っていた。だからこそ、気軽に彼女面してプレゼントなど渡せないのだった。
…実際は、それがあかりの考えすぎである部分もあるのだが。


「あかりは弁慶さんに対して謙虚だから」


望美があかりの顔色を見てフォローを入れると、確かに、と男二人も腕を組んでしまう。弁慶とあかりの恋人関係の実状はしらなくても、弁慶の彼女への当たりの強さは目の当たりにしているので、気軽なアドバイスは躊躇われるような気がしたのだった。


「あ、思いついた。こうしたら、どうかな」


しばらくして、景時が意見を出す。その作戦に、あかりは緊張な面持ちで耳を傾けた。


そんなことがあった数日後。


「弁慶さん」


休憩時間にひょっこりと顔を出したあかりを、弁慶はにこりともせず迎える。しかしそれにめげることなく、あかりは恐る恐ると例の物を取り出した。


「あの…実は先日景時さんのお屋敷で望美ちゃんが香合わせをしていまして…」


それは、匂い袋だった。小さな巾着状にした布に、香を包んだそれ。どうやら手作りであることは、一目で分かる。あかりはそれを、弁慶に差し出した。


「匂い袋には邪気を祓う力もあると思いますし…もしかして、弁慶さんには不要かもしれないですけど、もし良かったら貰っていただけませんか」


一か八かだった。でも弁慶さんの好きな香りは景時さんが把握していたし、あの後、望美ちゃんと共に香合わせに参加したのは本当のことだ。「理由もないのに、弁慶のためだけに贈り物を用意したっていうと、相手に気負わせそうで嫌なんでしょ?」と述べた景時の意見に乗り、理由をまず用意したのである。
さらに、“望美と景時と一緒に”というフレーズがあれば、流石の弁慶も少しは見向きをしてくれるのではないかとあかりも思った。


「…この布は、どうしたのでしょう。あまり見かけないものですが」


差し出されたそれを眺めていた弁慶は、ようやくそう言った。匂い袋に使われている布は、確かに少し珍しい柄のものだ。けれども上品で落ち付いた色合いである。


「あ、あのですね…それは、弁慶さんに合うかなって、市で見つけたものを使ったんです。南蛮渡来のものらしくて、ほんの切れ端しかなかったんですけど匂い袋には十分だからって譲ってもらって…。あ、ちゃんとお代は貰ったお給料から出しましたよ」

「そうですか。それにしても、縫い目がやや粗いですね」

「う…すいません、あまり器用ではなくて…」

「謝らなくていいですよ。貴女が不器用なのは承知です」


言いながら匂い袋を摘まみあげた弁慶。突き返されるという最悪の事態を想定していたあかりは、目を瞬かせ彼を見上げた。


「貰って、くれるんですか」

「僕にくれるのでしょう。良い香りですし…少々不格好ですが、あかりが指に怪我を負いながらも作ってくれたものです。有難く使わせていただきますよ」

「!」


慌てて、両手をうしろに隠す。何度も指に針を刺したのがばれたらしい。
それでも、じわじわと喜びが心に広がる。良かった、貰ってくれた、喜んでくれたのかはわからないけど受け取ってくれただけでも嬉しい。


「さあ、ちょっとこちらに来なさい」

「な、なんでです?」

「手。ちゃんと手当しなければ悪い菌が入るかもしれませんから」


にこりと、微笑む弁慶。自分には滅多に向けられないその表情に顔を青ざめさせたあかりは、それが彼の照れ隠しだと気付くことはなく。
弁慶はそれからというもの、その匂い袋をとても大事にし、肌身離さず持ち歩いていたのだが、もちろんあかりはそのことに気付きはしなかった。ただし、気付かなかったのはあかりだけであったので、やはり二人は想いの通じ合った似合いのカップルだと、仲間内ではしばらく話題の種となった。



140211
弁慶さんおたおめ!



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