3 ゆっくりと開いた瞼は、重そうに二、三度瞬いた。ぼんやり辺りに視線を彷徨わせ、最終的にその黒目はすぐ傍にいた弁慶の姿を捉える。そして薄っすらと開いた唇から、少しだけ擦れた声が漏れる。 「だれ…?」 警戒されるかもしれない。弁慶は少女を安心させるように、優しく笑んで声を掛けた。 「目が覚めましたか?君、戦場で倒れたのですよ。覚えてますか」 未だ意識がはっきりしないらしい。彼女は眠たそうな表情のまま、繰り返す。 「戦場…」 その言葉に何かを思い出したのか、少しだけ表情を和らげ、可笑しそうに呟いた。 「私、変な夢見てました…合戦場にいて、髑髏に襲われて、誰かに助けられて…」 夢。やはり彼女は、意図して戦場にいたわけではないらしい。髑髏、という言葉から怨霊を知らないのだと推測する。平家と源氏の戦が激化する今、怨霊の存在を知らないものはかなり少ないのではないか。 (やはり彼女は想像通り…) その時、あ、と納得したような声が上がった。 「紫裾濃威の鎧…って源義経が身に付けていたってやつだ…」 源義経。それはまさに、この陣の総大将である人物の名である。戦場でぼんやりしている位だ。てっきり無知だとばかり思っていたが、予想しなかったその言葉に思わず弁慶は問い返した。 「驚いたな。九郎を知っているのですか」 無意識のうちに、その声は大きなものとなっていた。瞬間、彼女は肩を飛び上がらせて、今度はしっかりと弁慶に顔を向ける。 「――九郎?」 今度はしっかりと目が覚めたのだろう。聞き返してすぐに、驚きの表情は、訝しげなものへと変わった。 「貴方、誰ですか。ここは?」 弁慶としたことが、彼女に警戒心を抱かせてしまったようだった。こうなったら、きちんと話をして落ち着かせる他はないだろう。幸いなのは、彼女が取り乱していないことだ。 ――なによりも、弁慶は彼女の話を詳しく知りたいと思っていたのだ。 「宇治川の近くです。貴女がいた戦場から少し離れた源氏の本陣ですよ。わかりますか?」 そしてにっこりと笑む。 「僕はただの、軍師です」 100319 |