最良なエンディングというのは、果たしてどのようなもののことをいうのだろう。


もし、それが誰ひとり欠けることなく目標を達成することなのだと、犠牲を出さずに幸せを掴むことだというのならば今の状況は決してベストエンディングではない。
でも今、これが私たちにとっては一番の結末だと、私は心の底から思っている。





望美ちゃんは、狼狽していた。
当然だ。鏡を向けた途端、溢れた光は弁慶さんを直撃した。弁慶さんの中の清盛殿が浄化していく、私にもその様子ははっきり見て取れた。
そしてそれから…弁慶さんの身体自体が透けていったのだった。


「ど、どうして?!弁慶さんまで…!」

「僕はもう、だめなんですよ…。清盛殿と同化…していたから」

「う、嘘!!そんな、なんで…」


困惑を露わにする望美ちゃんとは対照的に、弁慶さんは穏やかな表情をしていた。望美ちゃんは私へと、視線を移す。


「あかりは知っていて弁慶さんを……あかり?!」


そこで初めて、私の腹部へと目がいったらしい。
私と弁慶さんはお互いを、支え合うようにして立っていた。私は、片腕を弁慶さんの身体に回し、もう片方の手は自分の腹部へと当てていた。
…その腹部から溢れ出す赤の意味に、望美ちゃんが気づかないわけがない。

私は苦笑して、手をどける。そこに沈んでいるのは、私がずっと護身用にと持ち歩いていた小刀だった。


「あかり…どうして、どうしてこんな…!」

「今の弁慶さんは清盛さんと同化しているから…弁慶さんごと封じることは、仕方ないことだった…。これが弁慶さんの望んだこと。罪を背負って、逝かなければならないと、決してそこは譲ってはくれなかった…」


私の言葉に、弁慶さんはそっと目を伏せる。その暖かい手は私の髪を優しく撫ぜ、申し訳ないといった気持ちが伝わってくる。
…大丈夫。私は全てを受け止めて、彼を理解したつもりだ。彼が死を選んだことを恨んでなんかいない。


「それでね…これは、私が望んだこと…。私が弁慶さんに頼み込んで、一緒にいることはできなくても…せめて一緒に逝きたいと願ったんだ」


本当は弁慶さんの調合した毒薬で、彼が消える時に共に逝くつもりだった。でも幸か不幸か。自身が上手く弁慶に取り入れられたと知り、逆上した清盛殿は弁慶さんの身体を操って私の腹部を滅多刺しにしたのである。

すぐ、弁慶さんは身体の支配権を取り返したものの、もう取り返しがつかない程私の内蔵は傷つけられてしまったらしい。溢れる血を形ばかりに止血して、痛みを感じなくさせる薬をもらった。それで、二人してここへ来たのだ。
いずれ死ぬ予定だった。これで直前に逃げ出すような真似はできなくなり、彼に心中の誓いを立てるには却って良かったかもしれない。


「今まで…多くの人を犠牲に…してきたんです。仕方ない…んですよ…。僕だけ助かろうなんて虫がいい話ですからね」


もう、途切れそうになる声で弁慶さんは言う。そのぬくもりが、だんだん遠のいていくのを感じた。


「でもあかり、君のことは本当に…申し訳ないと思っている。君のことを想うのならば…僕の手から離してやるのが一番だと、わかっていた。それでも…そうわかっていても僕は君を手放すことができなかった…君だけは僕のものにしていたかったんです」

「弁慶さんが気にすることなんて何も、ないですよ。だって私…今とても幸せだもの。弁慶さんと、ずっと一緒に、居られるから」


腹部の痛みはない。ただ、酷く熱を持っているように感じる。私はその熱に浮かされたように――否、弁慶さんの視線に魅入られるようにして、彼の愛を受け取る。それは、とても幸せなことで。


「そんな……二人はいいかもしれないけど、残された他の人のことはどうなの?!私は、私はどうすればいいの…?!」

「いいんですよ…これが僕の…いえ僕たちの望み…罪であり罰だったん…です」


そして、消えゆく身体で彼は私へと唇を落とした。


「僕はあかりを手に入れた…それだけでもう、何も要らない…」


死ぬことは、怖いことだとずっと思っていた。でも不思議と今、とても穏やかな気分だ。このまま、眠るように消えてしまえそう。

視線を彼女に向ける。望美ちゃんが抱えたそれ――私の荷物に安堵を覚えた。その中には、私の生きた証が入っている。異世界に来て、弁慶さんを愛した証。全てを記した、あの神子軍記がある。
それを、望美ちゃんが持っていてればもう、思い残すことはないのだ。私は死んでしまうかもしれないけれど、確実にこの世界に居たという、証明となるのだから。


弁慶さんの姿は段々、見えなくなる。握り合った手の感覚もない。陽の光に溶け、もう境目がわからなくなっていた。
同時に、私ももう限界みたいだった。意識がぼんやりとしてくる。何も見えない。そのまま、眠るように瞼を閉じる。



最期に脳裏に浮かんだのは。
弁慶さんの優しい笑顔と、望美ちゃんの悲しげな顔。



願わくば。
この結末が悲しくとも、ハッピーエンドでありますように。




そして私は、世界に別れを告げた。






























「あかり、私は絶対に諦めないから」



―――彼女の決意を、知らないまま。



巻一、了。
巻二へ続く。

131023



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