7 青々とした海、打ち寄せる波は白い。 平家の船は源氏のものと比べ物にならないほど規模が巨大だ。 遠目で、あるいは情報として聞いていた時はこれほどとは思っていなかった。ただただ、その大きさと数、雰囲気に圧倒された。 そして乗り込む兵、女たち、船の装飾に至るまで…とにかくどこもかしこも、都の雅さを有していた。何もかもが源氏とは違った。 (でも、大勢の妻たち、女房たちを同行させるのは…失策だったんじゃないか) 平家は都落ちの際に、一族郎党、妻に至るまでことごとく同行させたのだ。だから仕方がないといえばそうなのだが、やはり立身出世を望む男たちで構成される源氏軍と比べると、どこか心許ない。 (しかもこの中の何人が怨霊か、平家の兵ですらわからない…か) 弁慶さんによると、理性を持った怨霊として生き返っているのは、平家の中でも特別清盛と親しいごく僅かな者らしい。 だから大半は生者なのだろうが、やはり気が抜けない思いである。 私は船の上、望美ちゃんが捕われている場所へと足を運んでいた。 屋島で源氏軍が撤退した後、私と弁慶さんは平忠度殿と対面した。彼は弁慶さんの策を受け入れ、今回の作戦の平家側の手引きをしていたのだ。 それから、平家の屋形船に乗り込み、私たちは平家軍と共にしている。耳に挟んだ情報によると、清盛の待つ地へ向けっているらしい。明確な目的地は、教えてもらっていない。 どこにいるか、どこに向かっているか、わからないままに船は進む。まるで現在の私の立場のようだ。 弁慶さんはあちこちに顔を出し、精力的に働いている。全ては平家の中核へ食い込むためだ。私は相変わらず彼の補佐として動き、簡単な雑用なども請け負っている。 ただ、どこへいても奇異の目を向けられるばかりだ。覚悟はしていたものの、予想以上に居心地は悪い。 そんな雑務のちょっとした合間。私は望美ちゃんを訪ねようと思い立った。 彼女は船の一角で捕われている。不自由はないように言いつけてはあるけれど、彼女の心情を思うと放っておけない。 しかし、一体なんと話しかけたらいいだろうか。私は源氏を裏切り、彼女を捕らえた張本人だ。 「あかり」 悩んでいるうちに、望美ちゃんの方が私に気付いた。名を呼ばれ、恐る恐る彼女へと近付く。 「…望美ちゃん」 望美ちゃんは、私を見て表情を緩ませる。やや疲れては見えるが、特別起こったり悲しんでたりしているようには見えない。 「私に、会いに来てくれたの?」 「…大丈夫かなって心配で…でも、よく考えたら大丈夫なわけ、ないよね」 いくら常と変わらないように見えても、彼女がダメージを受けていないわけがない。もう彼女と今までどおりではいられないと、激しく憎まれても仕方がないと思っていた。それほどのことを、したのだ。 望美ちゃんの本心が見えなくて、私は口を噤む。だけれど。 「私ね、九郎さんたちには悪いけれど、弁慶さんとあかりにも、思うところがあるんじゃないかって考えてたんだ」 望美ちゃんは、相変わらず清らかな笑みで私を許そうとしていた。私は、愕然とした。彼女の姿に、動揺した。 望美ちゃんはこの場に至っても、まだ私たちの潔白を信じている。普通に考えて、有り得ないだろう。私は目の前で皆を裏切ったのだ。部下を、見殺しにした。 (でもこれが…白龍の神子…) あまりにも、違いすぎる。あまりにも、清らかで汚れのない、美しく強い少女。 神子とはいえ、彼女はただの少女にすぎないのだと私は知っていた。それなのに彼女は、やはり特別に違いないと思い知らされる。全てを受け入れ、全てを解決してくれるのではないかと根拠のない安心感を覚えさせる。彼女を皆が慕う筈だ。 (弁慶さんも――元々、望美ちゃんに惹かれていたもの) 敵わない。今更ながら、言いようのない嫉妬心に駆られる。 「それよりも、あかりの方が大丈夫じゃないって顔してる」 「な……」 「もしかして…後悔しているの?」 「ッそんなことはない!!!」 思わず、声を荒げた。 後悔だなんてしているわけが、ないのに。望美ちゃんに指摘され心拍数が上がる。彼女の視線に、自覚していない深層心理を見透かされたような気分になる。 でも、そんなわけはないのだ。私は決めた。何をかもを失っても、弁慶さんだけは諦めないのだと。 ―――なんで、そうまでして私は彼を慕うの? 「――ッ」 我に返り、望美ちゃんから目を逸らす。 「ごめんなさい。私も暇ではないの――裏切り者が信用を得るためには、三倍以上の働きをしないといけないから、ね」 「あかり、」 「ごめん望美ちゃん。また今度、話そうね」 彼女の視線から逃れるように、そのまま背を向ける。 随分離れたところまで歩いてから、ようやく立ち止まり、私は止まらない冷や汗に身を震わせた。 それきり望美ちゃんと、じっくり話す機会は一度もめぐってはこなかった。 131017 |