「弁慶…?お前、何を…」


ぽかんと口を開けた九郎さんは、何を言われているのか分かっていない様子だった。ただそれは、九郎さんに限ったことではない。その場に居た誰もが、同じ表情をしていた。
私はその空気の中、九郎さんの前を横切り望美ちゃんの前に立つ。そのまま、彼女の腕を掴んで九郎さんの元へと引いた。


「あかり?!」


悲鳴のような朔ちゃんの呼び声に答えることなく、私は弁慶さんに望美ちゃんを引き渡す。望美ちゃんは呆然としていたが、ここで初めて自分の状況を理解したようだった。
同じく我に返り、この場の危険性を悟った九郎さんが怒鳴った。


「どういうことだ、弁慶説明してもらおうか!」

「説明も何も、僕の目的は戦を終わらせることです。ですが、君たちと一緒では戦を終わらせることはできそうにない。だから、平家に寝返ることにしました」


あっさりと言ってのけた弁慶さんと、九郎さんの間の温度差は大きい。事実、弁慶さんは喜ぶでも悲しむでもなく、淡々と裏切りを遂行している。


「怨霊の力を使える平家は、これからも勢力を伸ばすでしょう。勝敗が決すれば戦は終わるんです。どちらが勝ってもね」


唖然とする九郎さんは、想像だにしていなかっただろう。弁慶さんが敵に回ることなど。でも、少し考えれば分かること。彼は源氏軍ではなく、利害の一致から協力していたに過ぎない。九郎さんの昔馴染みだから、そのよしみで行動を共にしていただけなのだと。
弁慶さんはそれを、あまりに効果的なタイミングで九郎さんに叩きつけたのだった。


「戦の勝者となるのは平家です」


静まり返る御所。しかし背後では潜んでいた平家軍の奇襲を受け、ここまで行動を共にしてきた兵たちが次々と倒れている。


「…なんの…冗談だ?お前が俺たちを…」

「君は甘いんですよ、九郎。こんな場面でも僕を切り捨てられない」


弁慶さんは薄く笑うと、望美ちゃんを拘束する手を強めた。望美ちゃんは顔をしかめ、それを見た弁慶さんは更に笑みを深める。


「春日先輩は離せ!先輩には関係ないだろう!」

「僕も今までの戦いで、平家にずいぶんと恨みを買っています。ここで裏切るだけでは信じてもらえない。手土産が必要なんです」

「人質だというのなら、そいつは離せ。俺が行く」

「九郎、自分を買いかぶらないことですね。鎌倉殿の名代でしかない君では価値がない」


八葉たちの言葉をすげなく切り捨てた弁慶さんは、最早一切の情を感じさせなかった。戦いを終わらせる。その為にはかつての仲間を犠牲にすることなど容易いと、言うように。


「白龍の神子の方が清盛殿のお気に召すでしょう。すみませんが、君には僕たちに付き合っていただきますよ、神子殿」






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