3 雪見御所は、もぬけの殻であった。感じ続けていた違和が露わになり、一同は怒りよりも疑問よりも、ただ脱力感に浸る。 確かに平家の本陣を攻めているというのに、ここへ至るまでに合戦らしい合戦は一度も起きていない。多少の兵はいたものの、それを仕切る大将が見当たらないのだ。 ――今から思えば、この時の空気はとても良く似ていた。三草山で空の陣をみたあの時に。 望美ちゃんも同じことを思ったのか、私にちらりと目を向けたのがわかった。辺りを見渡してきた敦盛は、表情を曇らせ呻く。 「九郎殿、人の気配はない。怨霊も潜んではいないようだ」 「そうだろうね。沖、見てみろよ」 海へ目を向けると、いくつかの屋敷船が屋島を背にして遠ざかっていくのが見えた。あれが、平家の主戦力なのだろう。一等大きな船には安徳帝が居るに違いない。 どうりで、攻め甲斐がない筈だ。平家はとうに逃げ出し、沖に漕ぎ出していたのだから。 「怨霊が集まっているって報告はなんだったんだ?」 屋島攻めを開始してから、一連の流れがどこかおかしかった。違和の始まりは、あの報告だ。 居ないのなら居ないで、早々に気づきそうなものだ。しかしここに至るまで、九郎さんたちは違和を感じながらも正体を突き止めるに至ってない。それは何故か、わかりそうで、わからない。その不快感に歯を食いしばる。 しかし、これは悩んでいても仕方のないこと。すぐに見破られてしまったら、それに悩まずとも、答えは望まずとも自らやってくる。 唐突に、背後がざわついた。 同時に断末魔の叫び声が、響き渡る。 「これは…敵襲だと!?」 とっさに状況を見極めた九郎さんが声を上げると、すぐに望美ちゃんが答える。 「平家が、後ろから攻めてきたんです!」 俄かに混乱する兵たち。あの景時さんですら目を丸くし、呆然としていた。 その時、弁慶さんと私の視線が噛み合う。私は、彼の意図を察し、静かに持ち場へと着いた。 「総門に残した部隊は、もう……」 「くっ…完全にはめられたか…」 痛ましい顔で望美ちゃんと九郎さんが言葉を交わした。そして、すぐに指示が飛ぶ。 「退けっ!囲まれては全滅するだけだ!ここは、敵を突破して落ち延びるしかない!急げっ!」 当然の指示。 当然の結果。 ただし今回に限り、それだけでは終わらない。 「そうですか、源氏は撤退するんですね」 この場に不釣り合いな、冷静な声色で口を開いたのは、弁慶さんである。そして彼は、とんでもないことのように、離別を告げた。 「では、僕たちはここでお別れです」 130928 |