壊変は止まず


基地内は日に日に慌ただしくなる。
イタリア本部からの増援で、単純に隊員数が多いせいもあるが、事態が緊迫しつつあるのも間違いない。


「助手子様、本日地上で偵察用モスカ2体の破壊が確認されました。報告書は既にそちらへ回しています」

「…ブラックボックス(戦闘記録)は開けました?損壊の具合はどうなのです」

「ほぼ原型を留めていません。匣兵器の仕業かと。ブラックボックスは未解析です」

「ではそのまま、2番ドッグへ回して下さい。後は私がやります」

「はっ」


黒い制服の男たち数名の報告に、淡々と指示を飛ばす。彼らは私のような技術者と現場とを繋ぐ連絡係だ。そして、以前は考えられなかったことではあるけれど、一応私の部下という扱いでもある。
ただし私の場合、スパナの助手という立場がまず第一。それにスパナも私も、大勢の部下を必要とする仕事はしていない。だからあくまで、必要に応じてその都度手の空いている部署から人員を回してもらうのだ。

ちなみに今、部下に任せている仕事は以前なら私がやっていたことばかり。何故他人に任せるようになったかというと、余計な仕事が増えたからである。






「…ブラックスペルC級助手子です」


ランク上昇と共に、私は各隊長への直接的アプローチが可能になった。そして、それはスパナの研究を円滑にするために欠かせないことだ。そうでなければこの仕事こそ、誰かに放り投げてしまいたい。


「おや、スパナがあんたを一人で寄越すなんて、珍しい」


開かれた扉の先には、アフロヘアーのスタイルの良い女性が立っていた。そこに浮かぶ妖艶な笑みに、内心で溜め息をつく。今日の交渉相手、アイリス・ヘプバーン。妖花と呼ばれる第12カメリア隊隊長だ。


「入江司令官から伺いました。今度の戦闘訓練にモスカの使用を打診なさったとか」

「そうだよ。あたいの死茎隊の実力を示すチャンスだからね。その程度の戦闘データなら、くれてやるさ」

「ご協力感謝致します」


私たち技師屋は、その機能の向上のために常に新たな戦闘データを欲している。敵味方問わずだ。しかし自身の戦闘データを引き換えに、私たちの研究に協力する者は少ない。
しかし、今回はカメリア隊の方からの申し出だった。それ程、彼らには自信があるのだ。


「しかし、あんたもやるね。スパナじゃ飽きたらず、入江まで誑し込むなんてさ」


アイリスは、魅惑的な唇にいやらしい笑みを浮かべる。


「…誑かしてなんていません」

「ジャッポネーゼなんて乳くさいガキばかりだと思っていたけどねぇ」


書類手続きの手を止めないまま、彼女は私に視線を寄越す。まともに取り合ってはいけない。私は平常心を装い、やり過ごそうとした。
確かに私は、異例。どう見ても一般人である私の、本来の規定にない採用、出世は叩かれて当然だった。


「まだまだ成長が足りないようだけど、なかなか可愛い顔してるじゃないか」


舐めるような視線を無視し、書類を受け取ると踵を返す。アイリスこそ今の地位に昇りつめる為に、かつての上司を色香で惑わせた女だ。アイリスのしてきたことは噂で聞いていたけれど、到底私には理解できないと思った。が、マフィアの世界は弱肉強食に等しく、彼女のやり方は特に非難されるものではない。
同じ女だから、余計に嫌悪を抱くのだろうか。女の武器を使う彼女に、苦手意識が強い。


「…詳細は、後日ご連絡致します。用件は以上ですので、失礼します」

「待ちな」


強い力で肩を抑えられた。よろめいた隙にぐっと、顎を掴まれ覗き込まれる。同じ女といえど、戦闘員で隊長であるアイリスと私とでは、言うまでもなく力の差は歴然。されるがまま至近距離で、女の顔を見上げるしかなかった。


「いい瞳だね。どうだい?うちの隊の専属技師になるってのは」

「駄目だよ、スパナの許可が下りるわけない」


唐突に、子供の高い声が響く。


「…何か用かい」

「たまたま通り掛かったのさ」


力が緩んだ隙に顔をそちらへ向ければ、魔法使いのような出で立ちの少年がいた。第8グリチネ隊副隊長ジンジャー・ブレットである。彼は私にちらりと目を寄越し、でも、と続けた。


「できることなら、僕も遊んでみたいよ。キミ、苛めがいありそうだから」


キラキラとした無邪気な光を灯す瞳の奥に、暗い色を見て肌が粟立つ。ホワイトスペルの実力者ふたりに囲まれ、逃げ場はない。

(危害は加えられないと思うけど…心臓に悪いな…)

もう昔の、何も知らずに守られていた頃とは違う。自分の足で踏み入れた裏社会は、決して優しいものではなく、周りも敵だらけだった。ホワイトスペル、ブラックスペル関係なく、信用できる者はただ一人だけ。私は、スパナだけを信じてこのミルフィオーレにいるのだ。

早く彼の待つ部屋へ帰りたいと、切に願って息を吐いた。



120521



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