きっと死ぬまで君には適わない


周囲が喚起にわき上がる中、深刻な顔をした私の話をスパナは静かに聞いてくれた。
メカとフゥ太くんがもたらした可能性の話。スパナも気づいていたらしい。静かな瞳でじっと耳を傾ける彼に、私はすがりつくようにして手を握りしめる。


「私と…スパナとのこと、なくなっちゃうかもしれない」


なるべく感情を込めずに、淡々と言ったつもりだった。けれども、自然と語尾が震える。スパナが、握りしめた私の手を、優しく包み込むようにする。――その温かさに、堪えていた気持ちがどんどん解けだしていく。


「スパナ…私、怖いよ」


そして、言葉にして私は、自分の気持ちを無視しきれなくなっていた。


「離ればなれになるのなら、どうにかして一緒にいられる方法を探せる。忘れてしまうのならば、どうにかして思い出せばいい。でも…出会わなかったら、どれもできない。出会ったことすらなくなってしまったら、どうやってスパナを探せばいいのかわからない」

「……」

「いつからこんなに、我が侭になっちゃったんだろう。私はただスパナが居ればよかった、そのはずなのに」

「…助手子」

「うん、ごめんね。分かってる、こんなこと言って、スパナを困らせるだけだよね」


分かっている。それでも、溢れだす気持ちを抑えきれなかった。もしもの話。もしかしたら、起こらないかもしれない話。だというのにも関わらず、何故こんなにも不安になっているのか不思議なくらいだ。
スパナは呆れているのかもしれない。しかも、今更もうどうしようもないのだ。もう一時間も経たないうちに、綱吉君たちは過去へ帰る。そうしたらすぐに改竄は行われる。

覚悟しなければいけない。
だというのに、私の心は乱れるばかりだ。



「助手子、つい昨晩の話、覚えてるか?」

「え?」

「運命。ウチと助手子が運命で繋がっているって話」


ややあって、口を開いたスパナに、私は首を傾げた。突拍子もないスパナの切り出し方に、一瞬呆気に取られる。運命の話。もちろん、覚えている。私とスパナが運命で繋がっているのだと、そういう話だった。


「あと一時間もしたら――ウチと助手子の出会いはなかったことになってしまうかもしれない。それにはウチも、同じ意見だ。いくら人知を越えたことが起きるといっても、都合がいいことばかりが起こるとは言い切れない。何が起こるのか――事実、アルコバレーノにも、起こってみないとわからないに違いない」


まるで、びっくり箱だ。吉と出るか凶と出るか、そのときまではわからないのだ。怖くても箱を開けるしかない。とどまっていても、苦しいだけ。


「ウチだって、怖くないといったら、言ったら嘘になる。助手子を絶対に見つけだすとは、言い切れない。できない約束は、しない」

「…ッ」

「でも」


スパナの手が、私の頬に触れる。誘われるように顔を上げる。――彼は、微笑んでいた。


「どうしてだか、あんまり心配じゃないんだ。もし離ればなれになってもどうにかなる。忘れても思い出せるし、出会っていないのなら、きっと出会える」

「どうして?」

「だから、言っただろう。ウチと助手子はもっと深いところで、運命で繋がってる。そんな気がするから」


彼の瞳は澄んでいて、そこに一切の嘘偽りはなくて。心からそう思っているのだとわかった。あまりにもスパナがはっきりと、自信たっぷりにいうものだから私は吃驚して瞬きを繰り返す。その時思わず零れ頬を伝った涙を、彼の親指が拭った。


「それに、なくならないよ。たとえ世界から消え去ったとしても、なくなりっこない。ウチと助手子がこうして幸せだったこと。一緒にいたこと。その事実は、今存在している。それはもう事実なんだから。――それに、できない約束はウチはしない」


スパナが手を伸ばす。彼の指は私の首に触れ、そしてチェーンを探り当てる。胸元で揺れるそれは、チェーンに通したナットだ。いつかスパナがくれた、約束の証。


「約束、守らなくちゃ」


その言葉の意味に気づき、私は息をのんだ。メローネ基地での約束。この戦いが終わったら、とお互いに未来を誓った。…そうだ。戦いは終わった。だから。


「うん、そうだね」


私が頷くと、彼は嬉しそうに笑顔を浮かべる。…まったく、スパナにはかなわない。

怖い気持ちはなくならない。今でもまだ、不安で不安でたまらないのだ。でもスパナがあまりにもはっきりと、そして疑わずに未来を――私たちの未来を見据えているから、どうにかなるのではないかと想わされてしまった。スパナが居れば大丈夫だと、そんな気持ちで胸がいっぱいになる。

(どうしてかな)

あまりに単純な答えだけれど、彼との愛がそうさせるのかもしれないと、思った。


150708



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