束の間の平穏に溺れる


「でもどうして、帰国したら部屋がなくなってるの」


帰国から数日、イタリアから送った荷物が届いた。その段階になって初めて、私は疑問になっていたことを尋ねた。
それまで使っていた私の部屋が使用できなくなったとかで、引っ越しを余儀なくされたのだ。とはいえ、完全なる事後報告だった。私の荷物やらはご丁寧にも、新しい部屋に納められた後だったのである。

勝手に私物をいじられたことには少し、戸惑いを感じたものの、私にとっての問題はそこではない。
新しい部屋に全く文句はなかった。むしろ元々の部屋よりも居心地は良い。広々としているし、専用のバス・トイレ、簡易キッチンも備え付けられている。収納スペースも抜群だ。
この部屋で気にくわない…というより困ったものといえば、ひとつくらい。


「ダブルベッド…」


ででーん、と部屋の奥に鎮座するそれを私は溜め息混じりで見つめた。私がそれまで使ってた、安そうなパイプベッドとは違い、ふかふかだ。寝過ごしてしまいそうな程、寝心地がいい。そしてでかい。


「B級に支給されるものは、ベッドまで私たちとは格が違うのね」

「気に入らない?できるだけ、ふかふかのにしてもらったんだけど」

「気に入らないどころか…物凄く寝心地良いよ…」


私の返事に、部屋の主は満足そうに微笑んだ。
そう、ここはスパナの部屋である。否、正しくはスパナと私の部屋。私は、スパナと同室にされてしまったのだ。


「いよいよ、大詰めだからな。基地内の人口密度も上がった。極力、無駄な空間を省きたいらしい」


私の部屋が無駄だったような言われよう。しかし事実、今までは立場からしたら良すぎる待遇を受けていた。女子であるし、一般隊士とは違いスパナ専属だったから、相部屋ではなく一人部屋だったのだ。


「いや、でも、だからと言って部下と上司の部屋を一緒にしちゃうっていうのは…」

「違う」


照れ隠しもあり、眉をひそめた私の言葉を、スパナは遮った。


「ウチと助手子は、上司と部下じゃなくて、恋人同士だから一緒なんだ」


凄く真面目な顔で、そして当然のように言われる。


「助手子は、どっちにしろ自分の部屋よりもウチの部屋で寝る回数の方が多いんだから、変わらないだろ」

「なっ…昼間から何を…!」

「? 仕事時間が不定期だから、徹夜明けにそのまま転がること、多いって意味だけど」


きょとん、と音が聞こえそうな動作で首を横に倒す。裏の無さそうな無垢な表情。ちょっと妙な想像をしてしまった私は、恥ずかしさのあまり頬を熱くする。
そうね、と咳払いをして誤魔化すと、私の恋人は不意にその唇を耳元へ近づけた。


「もちろん…ウチが助手子に相手してもらいたい時もね?」

「!!!」


艶のある囁き。今さっきまでの無垢な表情とは打って変わったような、意地悪な笑み。いいようにからかわれている私は、そろそろ心臓が爆発しそうである。


それはさておき、とスパナは棚から一冊のファイルを取り出した。


「助手子、見て。分析結果が出たよ」

「…またボンゴレ10代目?」

「そう。正確には、彼の戦闘値」


渡されたファイルを捲る。


「モスカで彼の技の再現に成功したって言っただろ?今度は、それにモスカの特性を上乗せする」

「わ、それでどれ程の威力になりそうなの?」

「上手くいけば、ウチのモスカはボンゴレを超える。いや、確実にオリジナルに勝るよ」


近頃のスパナは、ボンゴレ10代目にご執心だった。
スパナは敵味方問わず、炎やボックスを使った技を研究し、モスカや兵器へ応用している。ミルフィオーレにもかなりの猛者がいるけれど、ボックス使用者の中で一際人並み外れた力を持つのは、なんといってもボンゴレ10代目だ。
彼は勿論、私にとって敵だ。直接目にしたこともない。しかし研究の成果あって、彼の技は既に見極め済みなのだ。


「このスパナが造る機体だ、間違いない」


自信満々に言い切る恋人に、私も微笑み、頷く。そうして、時折思い知らされる。前線には立たない私たちだけれど、それでも紛れもなく、マフィアなのだと。



111006



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