欺けど蕀


姉の助手子が体勢を崩したのを見て、すぐに身を翻したのはスパナだった。遅れて、前方を走っていた山本さんとビアンキさんが振り返る。だが、間に合わない。姉に向けられた匣兵器が今にも火を吹くというその時、間に合うのは俺しか、いなかった。

助手子の前に立ち、敵と向かい合うようになる。俺の動きに、一瞬動きを止めた彼らに、自然と口角があがった。間に合う。俺なら確実に、この男たちを撃破できると確信。
だけれど、懐に手を忍ばせたところで、大きな声が耳元で俺の名前を呼んだ。


『メカ!!!!?』


フゥ太である。今はボスと共にいるフゥ太とは音声通信で繋がっているのだった。イヤホンから流れる幼なじみの声は、緊迫の色に染まっている。長年の付き合いだ。今俺たちがどのような状況で、そして俺が何をしようとしているのか――…フゥ太だけは、寸分違わず気づいているに違いない。


「止めるなよ、フゥ太。こうするしかない」

『だめだ!僕は許可できない!!』


俺の言葉を遮るようにして、フゥ太は声を荒げた。いつにないその強い口調に、表情は見えなくともこの幼なじみの真剣さが伝わってくる。…彼が必死に俺を止める気持ちはわかる。俺のことをよく理解してくれてるからこその発言だと、わかっている。でも、だからこそフゥ太の言葉には従えなかった。


『ボスに僕は頼まれたんだ、君には決して戦わせないって!それに君の能力は、』

「フゥ太、いくら力を持っていたってこういうときに使わなければ、なんの意味もない。約束と姉の命、比べるまでもないことだ」


俺は、はっきりと言い切る。フゥ太ははっと息をのんだようにして口を閉ざした。


「勿論、ボスとの約束は破りたくない。あの約束は俺のことを考えてくれてのことだってわかってる。だけど、今それを守ることで、失うものがあってはいけない、そうだろ?」


そして俺はフゥ太の返事を待たずに、敵へと向き直った。そして――ポケットから取り出したそれを、指に装着する。


「メカ、一体何を・・・」


助手子は言い掛けて、そして俺のしようとしていことに気づいたのか、目を大きく見開く。彼女の視線は、俺の手元に向けられている。右手にはめられたのは、二つの指輪。中指と人差し指に、ひとつずつ。


「確かに俺は非戦闘員だけどな」


指輪に駆けられた細い鎖を外す。指輪の感知を防ぐ為の、マモンチェーンだ。俺が指輪を所持してることを決して悟られないように、がっちりと鎖を絡ませしまい込んでいたのだ。それと同じく、厳重に保管していたもの。手のひらに隠し持つようにしていたそれを指で撫でる。
こいつを使うのは、イタリアを立って以来のことである。俺の――俺専用の、匣兵器。


「どこの誰が、非戦闘員はリングを持たねえなんて言った?」


言うのと同時に、リングに炎を灯す。
そして、素早く匣の中にそれを注入した。



*



突如蔓延した霧に、戸惑う敵部隊を襲うのは、大小いくつものロボット兵器である。霧の中での戦闘、そして壊しても壊しても次から次へと現れるロボットたちにあちらこちらから悲鳴があがった。
そして、霧が晴れたその先には。


「まあ、こんなもんだな」


気を失って倒れる敵の姿に、俺は匣兵器と指輪をもとのポケットの奥に押し込んだ。
と、視線を感じて俺はぐるりと周囲を見渡した。
唖然としていたのは、助手子だけではない。スパナはもちろんのこと、ビアンキさん、山本さん、ジャンニーニまでもが目を丸くして俺を見ていた。そりゃあ、そうだ。俺がリング所有者であることは、ボスと一部の人間だけの秘密だったのだ。


「まさか、リングを持ってたとはな。驚いたぜ。てっきりメカさんは、」


ややあって、山本さんが関心したように言う。その声に答えたのは、通信装置の先のフゥ太だった。


『そう。だからメカはメカニックながらも戦場に立つことができていたんだよ』

「伊達にヴァリアーにいたわけじゃないってことね」


ビアンキさんも、納得といったように頷いた。


「だが、面白い使い方だな。最初にでたのは匣兵器だったけど、後から飛び回っていたロボットは本物だろ?」

「見かけだましなんスよ」


スパナの言葉に、補足をするように付け足した。そうなのだ。これは見かけ倒しなのだ。
俺の匣兵器は、機械と幻術の合わせ技。霧の炎を扱えるとはいえ、力は微弱なのだ。機械兵器と匣兵器を併用することで、互いを補い合ってようやく効力を発揮するのだ。これに霧の幻術を混ぜる。そうすることで、――人は容易に、錯覚する。


「でも、多用できない。二度目は流石に絡繰りに気づくだろうし、気づかれたらもうひっかかってはくれないよ。だか。俺のこれは、一度しか通用しない。俺が匣兵器の使用者だと誰も思いやしないところがポイントなんだ」


だからということもあり、ボスは俺に能力を使わせたがらなかった。あまりに危険すぎる。見抜かれた時点で俺の負けが決まってしまうから。
でも、こんな力でも役に立ったならいい。


「ま、ざっとこんなもんか」

『本当に君ってやつは、仕方がないね』


呆れたように息を吐いた幼馴染みには申し訳ないと思う。だが、後悔はしたくないのだ。


150705



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