決断 事態は、思わぬ方向に流れている。 明らかになった衝撃の事実の余韻に浸る間もなく、私たちは新たな人物の登場に揃って目を見張っていた。 「私は反対です」 突然響いたのは、鈴を転がしたようなかわいらしい少女の声。凍り付く空気の中にそぐわない。しかし、その朗々とした口調はこの場を支配するに十分なものだった。 白蘭さんとの因縁を明らかにした正ちゃんが、チョイスの再選を申し出たのだ。学生時代、「次にチョイスをやる際はなんでもひとつ、ハンデをつける」と白蘭さんが約束をしたと、そしてそれを今執行すると。しかし白蘭さんは白を切った。そんな約束はしていない、再選の申し出は断ると言い放ったのである。 そのときだった。少女――ユニが現れたのは。 「ミルフィオーレのブラックスペルのボスである私にも、決定権の半分はあるはずです」 彼女の登場は、白蘭さんにとっても想定外だったらしい。余裕の表情に、陰りが差した。 ユニという少女は、ミルフィオーレのもうひとりのボスである。もともとミルフィオーレは、異なる二つのファミリーが合併してできたファミリーなのだ。その名残として、元のファミリーの違いをそのままに、ブラックとホワイトに隊員たちは分類されている。白蘭さんはホワイトスペルのボス。そしてブラックスペルのボスこそが、このユニであった。 とはいえ、彼女はあまり人前には現れない。ミルフィオーレとなってからファミリーを取り仕切るボスは白蘭さんであり、ユニはそのNo.2の立場に甘んじていたからだ。 私も姿を見たのは一度だけ。 あれは本部に呼び出された時だ。昇進をチラつかせた白蘭さんの無謀な呼び出しに応じた私は、彼女と白蘭さんが歩いているところを目撃したのである。その時も彼女は、じっと静かにそこにいるだけといった印象を見せていた。 だから、彼女が口を開く姿を――こんなに快活に表情を変える彼女の姿に、私は驚いている。あの時は、子供ながらにファミリーの頂点に立つ少女だけあって、とても冷静な子だという印象が強かったのだ。でも、違った。今の彼女は落ちつき、しっかりとした印象こそあるが、その振る舞いは年相応の女の子のそれである。 驚いていたのは、スパナも同じらしい。 「しゃべれないのかと思ってた…」 唖然とつぶやく彼もブラックスペルに所属しているとはいえ、そのあたりに関しては私と同じくらいの認識しかないようだ。でもきっと、元からブラックスペルに所属していた面々にとっては、”今までのユニ”の方が異常だったのだろう。 兎に角、突然現れたユニは、しかしこの事態の根幹を握る人物らしい。 リボーンさんと同じおしゃぶりを首から下げ、旧知の仲といった風に言葉を交わした。正ちゃんは、ユニの魂が白蘭さんに壊されていたのだと言った。ブラックスペルの指揮権を手に入れるために劇薬を投与し、彼女を操り人形にしたのだと。でもユニは「魂ごと遠くに避難していた、自分も他の世界に飛べるのだ」と笑う。そしてユニは白蘭さんの予想を裏切る形で今ここにこうして復活したのだ。そして言う。チョイスの再選に賛成だと。 しかし白蘭さんはそれでも取り合おうとしない。とりつく島はない。ユニもそれを悟ったのか、あきらめたように瞳を閉じる。そして、とんでもない決定を下した。 「では私は、ミルフィオーレファミリーを脱会します」 え、と皆が声を上げるよりも先に、ユニはくるりと身体の向きを変える。その視線の先に、静かに訴える。ぎゅ、と胸の前で彼女は両手を握り合わせた。 「沢田綱吉さん、私を守ってください」 驚きにどよめく周囲の中、私はただただ、事態に追いつけずにいる。 そうしている間にも、トゥリニセッテ、アルコバレーノ…とんでもない話が続いていた。それは白蘭さんの真の目的であり、この世界をゆるがしかねない重要なもので。 (あまりにも物事が、大きすぎて何がなんだか…) こんがらがりそうな話を、それでも整理すると、こういうことだ。 白蘭さんには野望がある。それを見据えてこのチョイス、ひいてはミルフィオーレの暴挙とも呼ぶべきボンゴレ狩り、そして世界各地での紛争は始められた。白蘭さんが求めているものは、今のユニが持っている。そしてユニは、白蘭さんにそれを渡したくない。彼女は、唯一の希望をボンゴレに見いだしているようだった。 だからチョイスは無効であるとユニは言い切った。 白蘭さんの人質になっている彼女の部下、つまり、ブラックスペルのみんながどうなろうとも、意志は揺らぐことはないと。 ――ずきり、と心が痛む。そうだ。私とスパナはボンゴレに寝返ってしまったけれど。γさんや太猿さん、野猿くんはまだ白蘭さんの下にいる。どうしているのだろうと、今更ながら思って、心苦しくなる。 ユニの選択は、ブラックスペルを見殺しにするということだ。でも、それこそが彼女の覚悟の現れであるらしい。それほどまでに、この場面で白蘭さんに屈するわけにはいかないと、ユニは告げていた。 そしてその気持ちを正確にくみ取った綱吉君は。 「くるんだ!!オレたちと一緒に!!」 伸ばされたその小さな手を、掴んだのだった。 150628 |