時間経過による変化の末に


物語には順序というものがある。順序を乱せば、見えるものも見えなくなる。それは、この物語もしかり、だ。
舞台は順序を守るために、ほんの少しだけ巻き戻る。私――助手子が日本へ帰国したすぐ後、ボンゴレ10代目とまみえる、数日前へと。



*



20XX年。
世界は未曾有の混乱期へと突入していた。始めは些細な争いだった。マフィア同士の諍い。イタリアの新興過激派ファミリーが仕掛けた、よくある愉快な騒ぎだと、世間は認知していた。
しかし、当の本人は本気だった。その争いを境に、ミルフィオーレファミリーは世界征服に向けて本格的に動き出したのである。
やがて一部を除く数々のファミリーを傘下に収め、ミルフィオーレはマフィア界を掌握した。更に、公にされていないものの、今では政治、経済、軍事など、世界の国家機関のほとんどに、ミルフィオーレが関与している。

言うまでもなくミルフィオーレファミリーは、侵略者であった。武力と経済力を盾に、次々と支配権を奪った。世間的には"悪"だ。
マフィアとは縁遠い一般人としては、目を背け、できるだけ関わらないでいたいものだ。けれども残念なことに、私は、その凶悪組織に所属する技術要員のひとりなのであった。


…と、現在の状況を振り返ってみたのだが、何の成果があるわけでもなく。いくら悲劇的に語ってみても、私がマフィアの技術者の助手であることには変わりはない。
この道を、彼の隣を選んだ時から覚悟はしている。けれど、だからと言って何も感じないわけはなくて。



「助手子、あまり機嫌良さそうじゃないな」


膨れっ面をした私をつつき、スパナは困ったように首を傾げる。無理はない。数ヶ月ぶりに恋人に再会したというのに、私はこんな態度。我ながら最低だと思う。しかしどうしても、笑えなかった。それくらい、ショックだった。


「…聞いてたよりも状況が悪くて吃驚したの」

「ボンゴレ狩りのこと?」

「うん…それに、ボンゴレ10代目の件も」


三ヶ月ばかり、私は単身イタリアへ行っていた。ミルフィオーレファミリーの総本部へと詰めていたのである。そして、その間に日本では情勢がすっかり変わっていた。

敵対するボンゴレファミリーの次期継承者、10代目の暗殺。かのファミリー関わる者を、一般人問わず抹殺するボンゴレ狩り。穏やかなところが唯一の魅力だった並盛の町には、今ではモスカが闊歩する。


「こんな時期に昇進試験だなんて…白蘭さんにはめられたとしか思えない」


そう、昇進試験。私のイタリア赴任の理由。私はこの一年で必死に実績を重ね、F級からD級までのし上がっていた。しかしC級に上がるにはイタリアに来る必要があると言われ、私は呼び出しに応じたのだ。
もちろん、私はスパナの助手にすぎないし、地位が欲しいとは微塵も思っていない。なのにも関わらず、積極的に昇進を目指したのは白蘭さんの一言が原因だった。


――最低でもC級出なければ、スパナくんに釣り合わないよ。


しかし私は、正規に入退した戦闘員でもなければ天才技師でもない。C級になんかなれるわけがなかった。しかし質が悪いことに、けしかけた本人はファミリーのトップだっのである。


――でも、チャンスをあげる。きちんと昇進試験に受かれば、"スパナとセット扱い"の条件付きで、ランクをあげてあげるよ。


そうして私は、まんまとその手に載せられた。しかし最終目標であったC級の試験中にこの事態。白蘭さんは元々、私をイタリアへ留める為にこの話を振ったのではないかと邪推してしまう。並盛出身の私が、今回の作戦の邪魔をするのではないかと。
私はただの技術要員に過ぎないが、それでもそれなりの行動を起こせるくらいには、人望も実績も積んでいるのだ。


「いや、助手子を遠ざけたのは、白蘭じゃなくて正一だ」

「何か知ってるの?」

「助手子のランク上げ、元は正一が白蘭に頼み込んだことらしい」

「どうして」

「きっと、助手子に自分のする事を見られたくなかったんだろう」


スパナのさも当然のような言葉に、私は帰国前に聞いた話を思い返す。


「…じゃあやっぱり、白蘭さんの言ったことは事実なんだ」



――正チャンは、この一年で変わったよ。助手子チャンが吃驚する程に、ね。


一年前に日本を去った正ちゃんが、私と入れ違いにメローネ基地に戻った。再びメローネ基地の司令官として指揮を取るのだと聞いた。
有能な白蘭さんの副官、入江正一は皆から恐れられている。それは、私がミルフィオーレに入った頃からなのだが、私はつい、昔馴染みとして見てしまっていた。けれども、彼も六弔花のひとりなのだ。冷徹、無駄の無い指示で彼は、彼の故郷でもある並盛を制圧した。


「…アフェランドラ隊も、戻ってるんだってね。かなり派手にやってるんでしょ」

「ああ。奴らの戦闘に巻き込まれて、既にモスカが何体か犠牲になった」


正ちゃんに、γさんたちアフェランドラ隊。私が初めてここへ来た時にお世話になった人ばかりだ。その名前には懐かしさと親しみを覚えるのに、彼らを取り巻く噂には、耳を塞ぎたくなる。


「みんな、変わっちゃったんだなぁ…」


私はしみじみと呟いたけれど、良くわかっていた。彼らが変わったのではなく、私が昔よりも、彼らのことを知ってしまったのだと。
わかっていたけれど、切なかった。私は彼らの温かい面だけを、ずっと見ていたかったから。


「ウチは、変わらない」


スパナは真面目な顔で私を見つめる。私も彼をじっと見返した。


「助手子はウチが守るって、言っただろ」

「…うん」


スパナは、すごい。
私が何を思って何を感じているか、欲しい言葉を探し当てて、与えてくれる。だから、彼に甘えてしまう。彼の愛に溺れてしまう。


そうして、そのまま覆い被さってきた恋人に、私は素直に身体を委ねた。



110930



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