しょうがないから負けてあげる


「本当、意味分かんねぇ。姉貴みたいに甘っちょろいやつがマフィア、しかもミルフィオーレにいるなんて、」


一度口を開いたと思ったらぼろぼろと、堰を切ったように弟の口から言葉が零れ落ちる。先程までの冷静な態度から一転、どうして、何でと繰り返す彼は明らかに、冷静さを欠いていた。


「まさか、夢にも思わなかった。想像すらしたくなかった。姉貴みたいなやつに、裏社会なんて似合わない」

「・・・」

「似合うわけ、ねぇだろ。わかってんのかよ、あんたのやってることは人殺しだ。人殺しの手伝いだ。喧嘩すらまともにしたことのない姉貴が、できるのか」

「・・・・・・」

「この世界は甘くない、ミルフィオーレが何をしてきたか知っているのか。・・・まだ俺は信じられない、嘘だといえよ――ああ、これが嘘なら、良かったのに」


私は何一つ言い返さずにその言葉を受け止める。

私より彼の方が、マフィアとしてはるかに格上。詳しい話は聞いていないがそれくらいはわかる。私なんてまだ、二年足らずの経験。しかし彼はそれよりも前に自身の意志でこの世界に踏み込み、あらゆるものを積み重ねてきたのだろう。
だから弟の方が、よく分かっていると思う。いかにこの世界が汚くて、辛くて、残酷かを。そしてより強く思っている。この世界に、決して大切な人を巻き込みたくない、巻き込んではならないと。

私の見たことのないような地獄を、私以上の業を、彼は背負っている。そして姉とは名ばかりの頼りない私を、守りたかったのだと思う。だから今までマフィアのことは、ひた隠しにしていた。
それなのに、私がメローネ基地にいることを知り、信じたくない気持ちで一杯だったろう。でも聡い弟はもう心の底で理解している。だから否定しきれない。嘘であって欲しいとどんなに願っても、嘘ではないのだから。

―――でも私だって、ただ流されてここへ行き着いたのではないのだ。


「似合わなくても、信じられなくても、私はもう二年もミルフィオーレに居たの」


何度も問われた。裏社会は甘くない、逃げるなら今だと。でもその度に、選択した。辛い現実も汚い仕事も、全部受け入れた。それでもスパナの隣に、居ようと思ったから。それはもう変わることのない、真実となって私の奥底に根付いている。


「私の方も、聞きたい。いつからなの?」


声は荒げない。静かに尋ねる。弟は口を閉ざし、少し俯いた。


「正ちゃん――入江先輩に師事していたのは偶然?でも、フゥ太くんもそっち側なんだよね」

「・・・・・・ッ」

「私は全部、わかった上で戦っていた。ね、モスカを何体倒した?私の行動拠点はメローネ基地中心だったけれど、兵器の開発にはかなり携わったの。もしかして私が作ったモスカに、遭遇したことあるんじゃないのかな」


彼は歯を食いしばったまま、私の言葉に耳を傾けている。
聞きたくないことだろう。姉が殺しに――仲間の殺しに加担していたなんて話は。でも言わなければならない。隠しても変わらない、これが現実。


「私たちは今まで敵同士で、命のやり取りをしていた。その事実は変わらない。・・・でも、お互いに好きでしていたわけじゃ、ないよね」

「・・・あたりまえ、だ」

「うん、お互いに守りたいものがあったから、戦っていた。でもミルフィオーレは、白蘭さんは途中から間違った。私には白蘭さんが正しいと思えない・・・だから今、ボンゴレに居る。この世界を守りたいと思ったから」


ボンゴレによるメローネ基地襲撃は、まさにチャンスだった。ミルフィオーレが道を踏み外していることなんて、とうの昔に分かっていたのだ。でも離反するような力も勇気もなくて。私には、スパナの隣にいるのが精一杯で。
そこに、綱吉くんだ。スパナが彼のイクスバーナーに興味を持ったことが切っ掛けではあったが、あれは、私たちがボンゴレに寝返る唯一のチャンスだったに違いない。


「過去はどうしようもない。でも、未来は変えられる。都合が良い話かもしれない。でも私はそう思っている。・・・これからは一緒に、変えていけるんだよ。“メカ”」


メカの呼び名は、マフィアとしての弟の名前。敢えて私はその名で呼ぶ。私たちは今、姉弟であると同時に技術者同士として対峙している。そう思った。


「そう、だよな・・・」


少しの沈黙の後に、メカは小さく息を吐いた。悔しげに顔を歪め、頭を掻く。


「・・・やられた。覚悟が足りなかったのは、俺じゃん」


自嘲するように呟いた後、彼は改めて私に向き直り真剣な顔をする。


「俺も、一緒に変えていきたいと思う。同じ景色を、守りたい」


だから、と破顔したメカは照れくさそうに笑った。その笑顔は確かに幼い頃から見慣れた弟のもので、私も釣られて頬を緩めるのだった。


「姉貴、ようこそボンゴレへ」


130628



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