無知な大人


数日ぶりに浴びる陽の光は眩く、清々しい風が辺りを爽やかな空気に包んでいる。しかし気分は残念ながら、頭上の青空のようにカラリとはいかなさそうである。
向かい側には弟の姿。不機嫌そう、というよりも表情を意図的に消し去ったような顔で、じっと私を見ている。私の方も、笑ったらいいのか悲しんだらいいのか、実に微妙な気分だ。

私たちは例の地下を出て、並盛町の一角にある喫茶店へ来ていた。地元民の知る人ぞ知る、隠れた穴場。人気が少ないからプライバシーもある程度保障されるのだ。

敢えてここを選んだのは、正ちゃんの提案だった。まずは二人きりで話したほうがいい、でももしもの時に備えて人の目がある場所がいいだろうと。
もしも、というのは万が一戦闘になってしまったらという意味だ。マフィア同士といっても双方技術者で、まして姉弟なのだから有り得ないとは思うのだが、仮にも先日まで敵対していたのだから、といわれた。


「久しぶり。・・・最後に会ったの、いつだったかな。とても前な気がする」


最初に切り出したのは、私である。何を言おうか散々悩んだ挙句、月並みな言葉しか出てこない。
弟は少し眉を寄せ、皮肉混じりに返答した。


「ああ、姉貴が妙なイタリア系の会社へ転職して、それきりだ」


お互い、絞り出した言葉はどこかぎこちない。実際、会うのは数年ぶりだった。彼がいうように私が転職――ミルフィオーレに入ったあたりが最後だとすると、もう二年近くは会っていないのである。

向かいに座る弟の姿は、記憶の中のそれと大差はない。でも少し背が伸びたように思うし、見慣れない作業着姿だからか大人びたようにも感じた。
ちなみに私も、作業着のままである。地元を作業着のまま闊歩するのは気が進まなかったのだけれど、メローネ基地そのものが消滅した以上仕方がないことだった。

それにしても、本当に妙なことになった。まさか弟がマフィアに・・・それもボンゴレの中核に属しているだなんて。つまりそれはここ数年、間接的であるとはいえ実の弟と殺し合っていたということだった。
それを思うと、体中の血が一気に引くような感覚に陥る。結果的には互いに生きていて、今は味方同士なのだけれど、もしかしたら私が彼を殺していた未来があったかもしれないのだから。

ミルフィオーレに、マフィアになると決めた時、スパナの隣にいる為ならば他の犠牲は厭わないと、覚悟した。しかし大抵の場合、犠牲となったのは私にとって“知らない誰か”。そこに自分の親しい人が含まれたことは、なかった。
どんな人にも大切な誰かが居るのは当然で、私自身の親しい人でなかったからといってその犠牲を軽く見るのは間違っている。でもそれは、頭でわかってはいても感情ではどうにもならないことだ。だから、今になってそう有り得たという事実に、震える。
私は、実際は何も分かっていなかったのだ。そしてこれから先、ずっと私はこの業を背負っていかなかればならないのだ。


「姉貴、」


ぼんやりとそんなことを思っていた私は、弟の呼びかけに我に返る。


「どうしてお前、こんなところにいるんだよ・・・?」


揺れる声に、はっとして顔を上げた。弟はじっと、歯を食いしばるようにして、私を見ていた。





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