ああ、もう


それにしても、と頭を撫でていたスパナの手がするりと頬に落ちてくる。ちょっと体温の低めの大きな手が、壊れ物を扱うように私を撫でた。


「本当に、怪我がなくて良かった」


優しい眼差しの中に安堵の色を見つけて、どきりとする。考えるまでもなく、スパナが二番ドッグで別れた時のことを指しているのだとわかった。正ちゃんの研究室で再会してから今まで、怒涛の展開だったのだ。ゆっくり話す時間もなかった。


「あの時は助手子をひとりで行かせることが最善だと思ったけれど、もし怪我していたり助手子に何かあったら、正一をどうしてやろうかと思った」

「覚悟の上だって言ったでしょう。それに、正ちゃんは良くしてくれたら、もういいじゃない」

「ああ、冗談だよ」


と言いながら、スパナの表情はちっとも冗談に見えない。離れたところに座った正ちゃんが、肩を強ばらせたのが視界の端に見える。ちょっと申し訳ない。


「でもスパナは、怪我だらけじゃない」


スパナの仕事の手がすっかり止まっていることを確認して、私の方からも彼に手を伸ばした。至近距離で向き合い、両手で彼の頬を包み込む。
手のひらに感じる、ガーゼの感触に思わず眉を寄せてしまう。きっと痛いだろうに、彼はそんな素振りも見せずに私の心配をするのだから、たまらない。全身火傷だらけで、切り傷擦り傷をいっぱいつくって、それでも重大な怪我はせずに来てくれたことが嬉しかった。
わかりやすく愛を、示されているようで。


「ねえ、助手子。分かれる時に話したこと、ちゃんと覚えてる?」


頬を撫でていた指がするりと私の胸元に伸びる。首にかけたチェーンを通したナットを探り出し、軽く引っ張ってそれに唇を落とした。
挑発するような視線で、スパナは上目遣いで私を見上げる。その色気にどきどきしながらも、頷いた。


「覚えてるよ」


ナットは、婚約指輪の代わりなのだ。この戦いが終わったら結婚してくれと―――その言葉を、あの修羅場の中で何度思い出したことか。それは私の支えとなっていたのだから。
見つめ合う。色彩の薄い瞳の中に、私が映る。愛おしげな視線が惜しみもなく与えられる。私は愛されている。もったいないくらいに、それを感じた。

ゆっくりと近付く距離に、心臓が破裂しそう。何度やっても慣れることはない。私は四六時中、スパナにときめいている。もっともっと、ずっと近くにいて欲しいと、欲張りになる。

もう少しで触れるという、そのタイミングで。


「お取り込みのところ申し訳ないが、その前に身内のこと、片付けようぜ。姉貴」


苛立ちを際立たせ、吐き捨てられた声に邪魔をさせる。
振り返って見るまでもなくわかる。


「・・・久しぶり、メカ」


弟との感動の再会だ。


130602



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