開幕:B9F4番ドック


危機に直面しているというよりも、途方に暮れているという表現の方が正しいかもしれない。未だ整理のつかない頭でそう判断する。



激しい戦闘の末に綱吉は気絶し、相手であったモスカを操作していた男により捕獲され部屋に拉致された。目覚めた時には武器を取り上げられ、手錠を掛けられ、おまけに地下水道に墜ちてびしょ濡れだった為に、着ていた服も脱がされていた。つまり、綱吉が身に付けていたものは全て剥ぎ取られた形だったのだ。
男、スパナは濡れた服の代わりにツナギを貸してくれたが、詳しい説明などは何もなしにただ一言、「あんたの技、ウチが完成させてやる」。

(でも技の完成形がみたいからって普通、敵を助けたりするのかな)

それだけの理由で敵を助けるなど、考えられないこと。しかし、綱吉にはスパナの言うとが虚言だとは思えない。現に綱吉は今行方不明扱いであり、彼は綱吉を匿った上で怪我の手当てまで施してくれている。
兎にも角にも、綱吉の命運は今スパナに握られていることは確か。丁寧に貼られた湿布を見つめつつ、複雑な心境で無言のスパナの背中を見つめる。


「見当たる限りの手当てはしたのだけれど、どこか痛いところはない?」


困惑し、立ち尽くす綱吉は、気づかうような優しげな言葉に振り返る。綱吉の表情を覗き込むようにしているのは、若い女性である。
まだ20代前半だろう、黒目黒髪の彼女はスパナとは違い、日本人のようだ。今の綱吉よりは背は高いが、スパナと同じデザインのツナギに身を包んだ彼女は随分と小柄である。

彼女もまた、綱吉を困惑させている要因のひとつである。先程突然この部屋へやってきた彼女は、驚きに硬直する綱吉に当たり前のように微笑み、あれこれ世話を焼き始めた。
マフィアに属する女性というと、すぐさま思い浮かぶのはビアンキやラル・ミルチなどかなり強気なタイプだ。彼女たちの強さには、この裏社会で生き抜くには必須のものだろうと納得する部分がある。クロームなどは比較的可愛らしい部類に入るが、それでも一般の女の子と比べればしたたかだ。
目の前の彼女もここにいる以上、マフィアに違いない。だが彼女は、どこにでもいそうな、特別な所などまるでない女性に見えた。この場に彼女がいることに、違和感さえ覚える。


「だ、大丈夫です」


考えをめぐらせているうちにじっと彼女を見つめていたことに気づき、綱吉は慌てて目をそらす。彼女は気分を害した風はなく、明るく問いかけてきた。


「お茶は、飲んでくれたみたいね。お腹空いてない?おにぎり持ってこようか」


彼女のあまりにも"普通"な態度に、綱吉も毒気を抜かれ、されるがままになっている。
と、不意にスパナが手を止めて振り返りざまに、彼女に向かって顔をしかめた。


「助手子…構い過ぎ」

「そんなこといったって。どうせスパナはろくに状況説明もしてないんでしょ」

「そんなことない」

「そう?」

「そう」


何故か若干不機嫌そうなスパナに、彼女は困ったように笑う。そして綱吉とスパナとを交互に眺めて首を傾げた。


「ね、彼のツナギ大きすぎじゃない?」

「Sサイズでもでかかったんだ、仕方ないだろ」

「私のツナギ、貸してあげようか。特注だから、一般支給のものより小さめなの」


スパナの発言を聞き流し、女性は綱吉に向かって提案した。確かに、彼女の身に付けているツナギは随分小さめのようだ。これならばぴったりかもしれない。
しかし――


「ダメ」


声と共に、彼女の身体が宙に浮いた。いや違う、いつの間にか立ち上がっていたスパナが抱き上げる要領で彼女を引き寄せたのである。そのまま、額と額をくっつけるようにして彼女と顔を合わせ、少し怒ったようにスパナは言った。


「助手子のツナギは貸しちゃ、だめ」

「どうして?」

「あんたの服を、他の男が身につけるなんてウチはやだ」


綱吉は、その状況を把握しきれていなかった。ただ呆然と成り行きを見つめる。
スパナはちらりと呆けている綱吉に視線を向けると、ぐっと女性と距離を縮めて唇を寄せた。


「助手子にも助手子の持ち物にも、触れる資格があるのはウチだけだろ」

「ちょ、ちょっと…人前!」


咄嗟に彼女は身をよじり、スパナの腕を振り払って諫めるように言った。しかしスパナは気にする風もなく彼女を見下ろす。その表情は先程とは打って変わって楽しげにさえ見えた。

(…え、今……)

――今、女性の唇にスパナの唇が触れたように見えた。その事実を認識した途端、綱吉の頬が熱を持ったように赤に染まる。振り返った女性もまた、綱吉と同じように真っ赤な顔をしてため息を吐いた。


「ごめんね、スパナちょっと変わってるでしょ」


一連の動作を誤魔化すように、彼女は咳払いをする。


「あ、あの…あなたは一体…」


綱吉も話を反らすようにして、ようやく、一番気になっていたことを口にした。彼女はその問いにきょとんとして瞳を瞬かせるが、すぐににっこり笑みを浮かべる。


「私は、助手子」


そして、右手を差し出した。


「よろしくね、沢田綱吉くん」



110817




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