傷つけるにはまだ早い


連れてこられたその部屋は、見覚えのない装置に四方を囲まれた場所だった。てっきり、研究所に連れていかれると思ってたので、あては外れてしまった。だけれども、此処は幹部ですら知ることのなかった、隠し部屋であることは間違いない。
巨大装置――モニターと連動しているらしいコントロール席、映し出されたメローネ基地の立体図。よく見れば匣兵器のようで、死ぬ気の炎を纏っている。

(これで、基地内を動かすのか・・・)

立体パズルのように、縦横上下自在に、部屋の入れ替えができるらしい。この基地の部屋は廊下を含め、全てが同じサイズの正方形で区切ることができるのだ。エネルギー源は、”晴れ”属性の活性機能だろう。
単純な構造。でも、発想や着眼点は奇抜である。


「入江様、連れてきました」


私の右側に立つ女性の言葉に我に返る。下に向けた視界に、見覚えのあるつま先を見つけた。チェルベッロたちに拘束されたその状態で、彼を見上げて笑う。

私に脅された下っ端の連絡で駆けつけた彼女らに、全く抵抗することなく捕まったのだ。抵抗するわけがない、望んでいたことなのだから。チェルベッロたちはそれを理解していないのか、ごく普通に挨拶をした私を怪訝な目で見下ろす。


「入江司令官、捕まえてくれてありがとうございます」

「助手子・・・」


けれど正ちゃんは、流石。私の礼に苦々しい表情で答える。お見通しなのだろう。私がわざわざ単独で彼を呼び出した意味など。
その証拠に、眼鏡を押し上げた司令官は、冷ややかな口調で教えてくれた。


「アイリスとジンジャー・ブレッドが君たちを探していた。つい今し方、スパナを見つけたと連絡が入ったところだ」


聞けば、モスカの戦闘記録がスパナの報告データと噛み合わなかったらしい。それを不審に思ったものの、私とスパナの部屋はもぬけの殻。司令部は、スパナを裏切り者として捜索、実験場を虱潰しに探していたという。


「まさか君たちが寝返るとはね。僕は、抵抗すれば殺しても良いと指示を出したよ」

「・・・そうですか」


動揺していないと言ったら、嘘になる。予想はしていたことだけれど、いざ言われてしまうと、どんな表情を浮かべていいのかわからなかった。
そんな微妙な私の態度を、彼は冷静と取ったらしい。小さく舌打ちをして、忌々しげに唸る。


「なるほどね――他人を守りながら敵を突破するのは至難の技だ。戦闘員じゃないスパナがするのは、ほぼ不可能だろう。僕に君を捕まえさせることで、それを解決したわけだ。そうすれば、少なくとも君は、無事に目的地である僕の下に到着する」


その通りである。私とスパナの目論見を寸分違わず看破した観察眼には、関心するしかない。


「実に的確で無駄のない判断だ。・・・だけど、僕が君を人質として生かしておくとは限らない。そうは思わなかったの?」

「考えましたけど、大丈夫だと思ったから来たの」


間髪いれずに答えた私に、正ちゃんは怪訝そうに眉を顰めた。


「ジンジャーとアイリスは、スパナのサポートでパワーアップした沢田くんに敗れる。そして貴方を目指してやってくる。そうなったら、私に価値が生まれるでしょう?私は、スパナの足止めには、十分な人質になれると思う」


スパナは戦闘員でないながらも、ミルフィオーレの技術力を見事に把握しきっている。兵器やモスカの扱い、戦闘員のサポートは一流であり一筋縄ではいかないだろう。私を人質として提示する、それが最も穏便にスパナの行動を制限する方法だと思う。


「・・・いくら優秀なスパナが沢田綱吉をサポートしようと、彼らは簡単にやられないよ」

「スパナが負けたら、私も殺せばいい」


きっぱりと言い放つ。正ちゃんは驚いたように目を見開いた。その僅かな表情の変化に、この殺戮を始める前の彼の顔が垣間見えたように思い、少しだけ嬉しく思った。


「私はスパナなしで生き延びるつもりはない。私の命はとうの昔に、スパナに預けたから」

「とんだ愛の形だな。くだらない、綺麗事だ」

「覚悟って言ってほしいな。私がマフィアに入った経緯、知ってるくせに」


正ちゃんの表情は、わからない。ただ引き締めた口元は、これ以上のやり取りを拒絶していた。


「そろそろ、決着がつくだろう。その目で現実を確かめてから、自分の身の振り方について改めて考えるといい」


それだけ告げ、彼は背を向けた。


130114



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