放棄した思考 その一瞬で、絶望の淵に叩き落とされた。 何かの悪い冗談だろう。違ってくれ、悪夢なら覚めろと必死に念じる。しかし悪い予感ほど、外れないもの。 「メカ・・・?」 口から出たのは恐る恐るとした、頼りない声。震える手をぎゅっと握り締め、胸の前で組む。それでも、安心感は得られない。 「・・・・・・・・・」 僅かな沈黙は、肯定の証。今更確認するまでもなく、私を姉と呼ぶのはこの世でただ一人だけ。 周囲からは、メカという愛称で呼ばれている弟。彼は技術者として独り立ちして、どこぞの企業に勤めている筈なのに。 「あんた・・・なんで、ボンゴレに」 「それはこっちのセリフだッッ!!なんで、なんでミルフィオーレの技術者なんかしてやがる!そこが、どんな組織かわかってんのか?!」 「あんただって、分かってるの?ボンゴレはイタリアンマフィアの老舗だよ?」 「んなことわかってるよ!でも俺は、そんなことより姉貴が」 と、騒ぎ立てる弟の声が遠ざかった。向こう側――ボンゴレのアジトでは弟はマイクから引き離されたらしい。代わりに、別の青年の声が応えた。 「助手子さん、ごめん」 「フゥ太くんも・・・そっちの人なんだね」 「うん、理解が早くて助かる。メカは僕が引き込んだも同然なんだ。それには、いくら頭を下げても足りないくらいだよ」 彼も、私の知っている人だった。弟の幼馴染でよく遊びに来ていたフゥ太くんだ。 ここまでくれば、私ももはや動揺することはなかった。フゥ太くんはイタリア出身で、昔からどこか不思議な雰囲気のある少年だった。つまりは、そういうこと。 彼は最初から、ボンゴレ側の人間だったのだろう。 「今は、こんなこと言い争っている暇はない。ひとつだけ、確認させてもらっていいかな」 「どうぞ」 「助手子さんは、ミルフィオーレがどんな組織か、何をしようとしているのか分かってそこにいるの?」 淡々としたフゥ太くんの問い。 それは幾度も、様々な人に問われたことと同じものだ。 「わかってる。私はモスカの整備をしているの。沢山の人を殺した。でも、この道は自分で選んだから。スパナの隣に、いたいから」 ただ一人の為にマフィアで生きる。それはなんて愚かな選択だと、思われるかもしれない。 けれども重要なのは他人の評価ではない。自分の意思なのだ。 「そう」 フゥ太くんは、短く言った。 通信が切れる直前に、フゥ太くんを押しのけたらしい弟の、怒りを抑えた声が響く。 「姉貴、全部終わったら・・・話がある」 「私もたくさん、聞きたいことがあるわ」 そうして、私たち姉弟は、知りたくなかった事実から互いに背を向けた。 120802 |