――邪魔だ どいてくれよ
言ったはずだ
弱い奴に用はないって




実に困ったことになった。こんな困ったのは、いつ以来だろう。先月神威の楽しみにしていた焼きプリンを知らずに勝手に食べちゃって、それを阿伏兎のせいにして、それがばれた時の神威の涙が出るほど素晴らしい満面の笑みを目の前にした時以来かな、いや、それよりももっと酷いパターンだ。
今私が直面しているのは世間一般で云う「最悪の事態」ってやつです。


「か、神威の戦闘服ってさ、な、なんか戦い難そうだよ、ね!」

「そう?」

「そうだよ!だってわざわざ顔を布で、覆って、見えにくそうだし、」

「そうかな、でも今そんなことはどうでもいいよね。で、名前」


顔に巻いていた包帯みたいな布(神威は戦いに出るときなんでかこれを巻いている)を外しながら、にこにこと笑ってあたしへ視線を向ける。突き刺さりそうな視線、もういっそその視線で殺してほしい。


「知ってたんだよね?」

「な、何がでしょうか」

「ばればれだよ、わかりやすくどもってるしさ」


神威をはさんであたしの向かい側に立つ阿伏兎、後ろから付いてくる云業は、なんのことだか分からない様子で肩を竦めた。


「しらを切るつもりならそれでもいいけどさ。でも名前はこの為にわざわざ地球まで付いてきたんだろ?うん、なんか妬けるな」

「…かむ、」

「名前が俺の元から去ろうとしたら問答無用で殺すだけだけど」

「……」


素敵な笑顔ですこと。あたしは何も答えることが出来なくて、俯いた。

事が起きたのはこの吉原桃源卿に入ってすぐのこと。阿伏兎から聞いた話では、今回のビジネスは、一刻も早く夜王鳳仙と交渉をして帰ってくるという至ってシンプルなものだった。が、桃源郷に着くなり神威が「手土産が必要だろう?」だなんて言い出したのである。
よく事情は分からなかったけど、吉原に入り込んでいる小僧を捕らえる云々であたしたちはその少年を捕らえるために動き出した。少年一人攫うのは容易い話、しかし想定外な事が起きた。

少年を逃がそうとしていたのはなんとも奇妙な四人組。それはいい、問題はその中に見知った顔が居たこと。
あたしの妹のように大切な少女、神楽がいたのだった。
あたしは神楽に春雨と居るなんて言ってなかったし、たぶん言ったらまずい。だから他の三人が飛び掛っても出るにも出れず、こそこそと隠れていたのた。神威は勿論神楽に気づいて、そして話は冒頭へ戻る。

早々に神威と神楽の遭遇、これではあたしが来た意味ないじゃないか。


「俯いて、もしかして泣いてる?」

「泣いてなんかないよ!」

「えー詰まんないの。俺、結構名前の泣き顔好きなんだけど」

「…!」

「…あのう、団長と名前。道端でいちゃつくのはやめてくれんか」


いつもの調子で言い争い(ほぼ一方的)を始めたあたしたちに、阿伏兎が気まずそうに声を掛けた。


「いや、いつもならどこでいちゃつこうと構わねェ。でもな、ここは花町で、団長はただでさえ目を引く容姿な上、」


そこで、ふとあたしの方へ視線が移された。


「…便宜上、男装した名前といちゃついてたら花魁もたまんねーよ?」

「そう?俺は別に名前が男でも構わな、」

「構うよ!つか神威なに言ってんの!!ああもう、あああ忘れてた!!」


花町へ女の姿で行くのは些かいただけないと、神威の服を借りてたのを忘れてました。出発前に鏡で見た自分の格好は、違和感なく男の子だったから、これでは同性愛者のようにしか見えないだろう。いや、その前にいちゃついてないけどさ。でも神威は女顔だからあたしが男装しても意味あんの?って感じだけどね。女装させたらあたしよりもかわいくなりそうでムカつきます。


「……ふうん」


あたしは神威に反抗するのを諦めて、周りを見回した。連なるのは遊郭ばかり。窓という窓から艶やかな色香を漂わせた花魁たちが、手を差し伸べて誘っていた。
改めて見ると、たしかに阿伏兎の言うとおりだとわかる。神威が通り過ぎる度、女たちは振り返り、頬を染め、なにかを囁きあうのだった。


「ねえ阿伏兎ー、旦那のとこはまだなの?」

「あん?あんなに色町に興味もってたのにもう飽きたのか」

「飽きたっていうかあ、そりゃせっかく男装してるんだから女の一人や二人、たぶらかして両手に華で歩いてみたいけどさ、」


視線を、再び隣に移す。
品定めをするように薄く目を開けて辺りを伺う神威が見えた。


「なんかムカつくんだよね」

「はん、嫉妬かよ」

「し、嫉妬なんて誰がするか!っていうか誰が誰に!!」


阿伏兎に喰って掛かろうとしたら、隣から伸びてきた腕に首根っこを掴まれる。思いっきり眉を顰めてその手の主を見ると、そいつはうっすら笑ってあたしの顔を覗き込んでくる。


「ほーら名前、暴れない暴れない。そろそろ鳳仙の旦那のところだ。大人しく俺の後ろにちゃんといろよ?」

「だ、大丈夫だって!」

「それなら阿伏兎とじゃれてなんか居ないで、俺に着いてきな。余所見したら、殺すよ」



物騒なことを言ったあたしの幼馴染は、状況にいまいち付いていけてないあたしの手を引いて歩き出した。
だから、これじゃあ男同士が手をつないでるようにしか見えないって。そう講義しようとしたけれど、きっとそんなこと言ったら今度こそ殴られる。そういう奴だ、神威は。


「さあて、かの有名な夜王とのご対面だな」


阿伏兎の声とともに、あたしたちは一際大きな建物へ足を進めた。


090130



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