姉上と消えた彼女



総悟、総悟、ねぇ、総悟…。わたしね、あなたが大好きだったよ。ずっと、ずっと、誰よりも。総悟、ありがとう。ありがとう、さ…よう、な…


彼女は、雰囲気が姉上に似ていると、よく土方や近藤さんは言った。俺からすりゃァ全然似てない。彼女は姉上のように家事が得意ではなかったし、思ったことはすぐに言うし、どじで、目が離せなくて、それがまた愛おしくて。

初めて会った日のこと、覚えてやすかい?俺が迷子のガキ連れて歩いてんの「誘拐でもしてるのかと思った」と、木刀片手に殴りかかってきた。随分威勢のいい女だな、と思ってたら、次の日新人隊士のなかにいやがる。ありゃあ吃驚した。


「…総悟、お前大丈夫か?おい、総悟…?」


あァ、そういえば、よく土方を二人でからかいやしたねェ。マヨネーズのかわりに小麦粉を水で溶いた液体いれてみたり、よく二人して追っかけられたもんだ。今となってはどれもいい思い出でさァ。
よく団子屋でサボったなァとか旦那の邪魔しに万事屋に上がり込んだり…チャイナとあんたが浴衣着て祭り来たときは柄にもなく緊張しちゃいやした。…そう、俺ァあん時にはもうあんたしか見えてなかったんでねェ…おや、照れてるんですかィ?


「しっかりしろ、総悟」


ずっとあんたが好きだったんでさァ。でも、気恥ずかしくてなかなか言えなかったんでィ。そうこうしているうちに土方が色目使ってんのに気付いたから、慌ててあんた呼び出して…でも俺が言う前にあんたにいわれちまった。顔、赤くして、凄い可愛かったですぜ?


「沖田、隊長ッ…」



前に、俺の姉上の話、したっけか。そうそう、土方が似てるだなんて余計なことを言ったからだ。
俺を母代わりに育ててくれて、自分の幸せを作るまえに死んじまった。丁度あんたは出張で、姉上には合わせられなくて…元々身体が弱くて、それで…。あの後は暫く荒れてたから、あんたにも当たりやした。でもあんたが抱きしめてくれたとき、とても暖かくてなんとなく姉上に似ている、てのが理解できやした。
姉上もあんたに宜しく言ってたんですぜ?姉上は死んじまったけど、姉上は天国で見守っていてくれている。それにここにはあんたがいる。だから俺は今、生きていられる。

俺はあんたがいて、やっと生きているって実感できるんだ。

それほどにあんたはいつしか俺のなかで大きくなっていた。愛しているってこういうことを言うんですかねェ。あんたのことを考えるだけで心があったかくなる。幸せになるんだ。だからずっと一緒にいてくだせぇ。離れずに、ずっとずっと、俺の隣に…



「あれ?あいつ、どこ行った?」

「総悟…?」

「化粧、直しに行くっていって…いくらなんでも遅いでさァ」

「…おい、総悟覚えてないのか?」

「どこだ、あいつ…あいつがいない…!」


土方が煙草を落として、近藤さんは真っ青な顔で俺を凝視した。当たり前だ、あいつがいないんだ。


「探しにいかなきゃ…」

「総悟!!」


土方が、俺を抑える。近藤さんは痛々しい目で俺を見つめていた。


「離せ、離せ土方!俺はあいつを探しに、」

「総悟、落ち着け!彼女はもう、」

「こんなことしている場合じゃないんでさァ!」


もがく俺の前に、ス…と山崎が膝を付き、俺をじっと見つめた。


「そうです隊長、それどころじゃありません」

「山崎」

「よく聞いてください。あの人は、」


山崎は、静かに目を伏せた。


「あの人はもう、死んだでしょう。ちゃんと隊長が看取ったじゃないですか」


俺を見つめるそれは、哀れみの瞳だった。





























その日は非番だった。
久しぶりだったのだ、あいつと二人で出掛けるなんて。

見たい映画があった。行きたいレストランがあった。あいつに、伝えたいことがあった。


「総悟、ちょっと化粧直してくるね」


そう言って席を立ったあいつの後ろ姿は今でも鮮明に覚えている。軽い足取り、スカートが翻って。

しかし、あいつは戻ってこなかった。予期せぬ、事件に巻き込まれた。女子トイレに飛び込んできた無差別殺人異常者から他の客を守るためにあいつが犠牲になった。すぐさま駆けつけた真撰組の努力も虚しく、あいつは刀で腹を抉られ、息も絶え絶え、病院に運ばれるまでに命があったのが不思議な位であった。


「総、悟…」

「しっかりっ、するんでさァ!」

「総悟、総悟、ねぇ、総悟…。わたしね、あなたが大好きだったよ。ずっと、ずっと、誰よりも。総悟、ありがとう。ありがとう、さ…よう、な…」


ありがとう、さようなら。


それが最後の言葉。昔、神様は悪い子を天国には連れて行ってくれないと姉上に聞かされた。悪い子は。

神様は、良い子だった姉上を連れて行ってしまった。
神様は、良い子だったあいつまでも連れ去った。


「どうして、俺じゃない」


死神(カミサマ)は、俺から大切なものばかり奪った。


「だから、次は俺を」



連れて行ってくれ、お願いだから、俺も彼女らの元へ。



渡しそびれた小さな指輪が、未だにポケットで俺を苛む。


080922
(企画/消えた想いさまへ提出)







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