「え?二人とも地球で仕事なの?なら早くそういってよ、俺も行く」


騒動の始まりは、気まぐれな団長の一言からだった。
ここ、春雨第七師団の団長は恐ろしく気まぐれなことで有名だった。元を辿れば春雨自体ろくでもない野望を持った妙なやつらばかりなのだが、第七師団は輪をかけてやっかいなやつらばかり集まっている。それもその筈。何しろ、第七師団は天人最強の部族、夜兎で構成されているのだから。


「は?!え、な、何言ってるんすか団長」

「俺、変なこと言った?」

「い、今一緒に行くとか…」

「うん、行くよ。もう他のやつには許可取ったからさ」


宜しくね、阿伏兎。
にこやかに笑ったのは可愛らしい色をした髪を器用に三つ編みにした青年だ。一方、言われた阿伏兎の顔が明らかに引きつる。
なぜって、一見優男にしか見えないこの青年こそが、春雨の雷槍と恐れられる春雨第七師団団長、神威だからであった。





夜を
喰らう兎





「てなわけで、団長様は俺たちのビジネスに同行することになったってわけさァ」


参った参ったとばかりに両手を広げて言い放った阿伏兎に、あたしは納得がいく筈もなく、むう、と口を尖らせた。
団長が今回の地球行きへ同行するとあたしが聞いたのは、ついさっきのこと。神威は戦場こそ率先して隊を引き連れるが、今回のような”びじねす”は大抵阿伏兎たちにまかせっきりだ。その団長が阿伏兎に動向…理由がない訳がない。八割方戦いの、否、血の匂いを嗅ぎつけたのだろう。


「お前がそう思うのも無理はねェ。だが、今回は単なる馴染みの顔を拝みたいだけかもしれないぜ?案外な」

「馴染み?」

「あー、言ってなかったっけか。今度のビジネスは鳳仙の旦那相手なんだよォ」


唖然。
多分、いや絶対あたしは間抜けな顔をした。馬鹿阿伏兎!鳳仙の旦那とあいつが和気あいあいと昔話?いや、ないないない。それは彼の幼馴染であるあたしが保障する。


「いっくら師匠でもねえ、あいつが他人に情を掛けるわけないでしょ! だって隙があれば部下でも友人でも…親でさえ手にかけるやつだよ?」

「だよなあ。いや、俺もわかってたんさァ。でも上に掛け合って既に許可取ったらしいし。あんなやる気満々な団長には逆らえねえよ」

「嗚呼、情けない!阿伏兎の役立たず!!」


そんなわけで、あたしは容赦なく、阿伏兎の顔に纏め終わった書類を叩きつけてきた。だって、内心少しあせっていたから。神威を単独で地球に? いくら云業と阿伏兎が一緒でも不安すぎる。だめ、絶対だめ。あたしは神威のことはそれなりに理解しているつもりだ。一人にするのは危険なのだ。

憤慨して、焦って、歩き回っていたあたしはいつの間にか神威のプライベートエリアの方へと近づいていたらしい。前方の、廊下の先に三つ編みが揺れていた。


「神威!」


呼び止めれば立ち止まる、青年。彼を名前で呼ぶのはこの船であたしだけだ。神威はあたしを確認すると、何を思ったのか目を細めて唇を三日月に歪めた。


「どうした、名前」

「あたしも地球に連れてって!!」


開口一番。
いきなり頭を下げたあたしを神威は怪訝な目で見下ろした。


「どうして?」

「どうしてって、神威が行くから」

「俺が行くと名前はついてくんの?」
「もちろん!」


めんどくさそうな顔であたしを見る。わかっている、あたし、そんな強くないし。すぐ厄介ごと起こすし、ビジネスには向いてないって阿伏兎にも言われた。でも彼の方が圧倒的にビジネスに向いていないだろう。


「大体、なんで今回に限って行くのよ」

「ビジネスだよ。たまには俺も協力しようかなあって」

「元老たちにも止められたでしょ?」

「あのうるさい爺さんたち、そろそろ黙らせたいね」


どうやって破壊してやろうかなあ、と物騒なことを口ずさんで、随分ご機嫌の様子である。


「で、あたしも行っていい?」

「えー、吉原だよ?花町に女の名前が来てどうするんだ」

「は、花町って言っても神威は女抱くわけじゃ…」

「え?抱くよ」


え?今なんて言いましたかね。女、を抱くって言った?
吉原、花町、遊郭。うん、目的は女と酒だ。分かってるけど、


「だ、ダメだよ女抱くとか…!」

「何で?」

「だって、神威だってまだ子供で、あたしも、あの」


にやり、と笑う神威。


「名前は俺が知らない女抱くのがいや?」
「そうじゃなくって、」

「じゃあ名前が代わりに抱かれてみる?」


近づいてきた彼は、あたしの顎に手を掛けてささやいた。神威は幼馴染だ。昔なじみだ。見慣れている筈の顔なのに、何故か顔に熱が篭る。
黙ったあたしにくすりと笑う。


「ま、勝手についてくれば?何か理由があるみたいだけど、見逃しておいてあげる」


そして、あたしを解放した神威にちょっとほっとした。
あたしは右ポケットに入った手紙を服の上から握り締めて、未だ落ち着かない心臓にため息を吐いた。


(気づかれるところだった)


手紙には「神楽より」と書かれている。それはついこの前、あたし独自のルートで海坊主さんから受け取ったものだ。
神楽は地球に居るらしい。神楽はあたしが兄貴と居ることは知らない。


「今このタイミングで鉢合わせ、はどうしても避けたいしね」


まあ、神楽が吉原に居るわけはないんだけれど。神威もなんか企んでいるみたいだし、用心に越したことはない。



こうして、あたしの地球行きが決定した。



090129



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