一分間の攻防


夏、太陽の下、校舎裏の木陰。

グラウンドの土の匂いが、微かに漂ってくる。私は万年文化部なので、土の匂いどころか、夏の部活焼けも汗のにおいもあまり馴染みがない。さらに、ずっと室内にいるものだから、夏の強い光の中で見る自分の肌は恐ろしく白かった。少しは焼いたほうがいいのかしら。

こんなどうでもよいことを考えてしまうのは、明らかな現実からの逃避。暑さに弱い私は、実は今にもばてて倒れてしまいそうだった。余計に、こんな状況下に置かれたら誰だってめまいくらい起こすんじゃないか。


「さ、栄口くん」


はやく、事態を進展させなければ。なんらかの決着を早くつけないと、心臓がもたない。だからといって簡単に返事が出るわけでもなかった。栄口くんが早く、何でもいいから喋ってくれればいいのに。
しかし期待は見事に外れて、栄口くんは緊張した表情を崩さないまま、次の私の言葉を待つように身を強張らせただけ。

栄口くんの緊張したような視線は、私をまっすぐ捉えている。クラスメイトとしてしか接点のない私は、あの柔らかい笑顔くらいしか、彼の表情を見たことがなかった。前に友達に誘われて野球部の試合とやらを見に行ったけど、ルールでさえいまいち分からない私は、背番号を確認するだけでも精一杯で、表情なんて見えなかったし、見る余裕なんてなかった。あの時、バットを構えたときにも彼は、こんな表情をしていたのだろうか。それほど今の彼は真剣な面持ちなのだ。

そういえば、試合のあとから栄口くんは人気が上がったらしい。やたら彼に話しかける女子も見かけるようになったし、たまに告白されるというのもあながち噂だけではないだろう。もともとがあの温和で、細かい気遣いもできるやさしい性格なのだから。

そう、栄口くんはある種のうちのクラスのスターだった。

人に話しかけるのが極端に苦手で、挨拶さえもまともにできない私とは正反対。きっと仲良く彼と話す日なんてこないだろう、とさえ思っていたのに。


沈黙が訪れてからどのくらい時間が経っただろう。もう何時間もこうしていたように感じるが、実際の時間にしてはまだ十分と経っていないにちがいない。
が、いい加減こうしてお互い黙っているのも馬鹿らしくなってきた。漸く決心をきめて、私はからからに乾いた喉から声を出す。


「あのね、栄口くん。なんかの間違いじゃない?」


そうに違いない。こんなのありえないから。しかし、彼は一瞬間の抜けたような表情をして、少し悲しそうな情けない顔をして、またすぐに強い意志をもった口調で言った。


「間違いじゃないよ。だって俺、入学したときから君の事が気になってて、」


ああ、なんてことだろう。
やっぱりいい間違いでも聞き間違いでもなかった。彼は至極真剣で、とてもとても緊張していたのだ。私はというと、今更のように顔に熱が集まってきて、彼の緊張が伝染したように私の心臓もどきどきと早い脈を打ち始めた。


「…俺なんかに興味ないよね。断ってくれていいんだ。でも、ちゃんと君の口から聞きたいんだ。じゃないと、諦めがつかなさそうで…」


自信なさ気に視線を落とす野球少年に、私はなんて答えればいいのか、見当がつかない。
栄口くんは確かにいい人だし、嫌いじゃないし、でも異性として見たら…なんて自分じゃ自分の気持ちもわからない。


「あ」


何がなんだかわからない状況で、足元がふらついてしまった。
栄口くんはよろけた私を支えて、そして、一気に私と彼との距離が近づいた。鼻を掠める土の匂い、熱い、彼の体温。


「大丈夫!?」


心配そうにいう彼に、早鐘を打つの心臓を、火照る頬を、私は信じてもいいのだろうか。


「栄口、あのね」


たぶん、あと一分したら私はイエスと返事をしてしまう。



一分間の攻防


6/8 Happybirthday Yu-to Sakaeguchi !
080614



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