織姫と彦星のその後


織姫と彦星って凄いよね。だって一年に一度しか会えないのに、あとの364日をその日のために耐えて、相手の愛を疑わないなんて。


「いいなぁ、天の川にも隔てることのできない愛だよね」

「まァ昨日は生憎の雨で、奴ら、また364日も待たなくちゃなんねーけどな」


七夕を1日過ぎて、ざんざん降りだった空は快晴になった。
久しぶりの非番になった総悟を外へ連れ出してみたものの、相変わらず総悟はわたしに素っ気ない。会うことも久しぶりだったために、わたしはちょっとドキドキして昨夜の寝つきが悪かったほどなのに、当の総悟はお構いなし。

あまりの素っ気なさにわたしは本当に恋人なのかと、不安になる始末。


「や、でも雨降ったのは江戸だけじゃん。多分会えたよ、二人」

「そうですかねェ…男女の愛なんて儚いものですぜ」

「でも、二人はそれを乗り越えてさぁ」

「耐えられるもんかねィ、たとえ364日彦星が織姫のことを想っていても、織姫が浮気してるかもしれないって疑うのが男ってもんでさァ」


いつもはこういう話したがらないのに、今日の彼は饒舌だ。
こんなとき、彼は大概不機嫌で、下手に刺激しないのが正解だとわたしは心得ている。
しかし今回ばかりは、わたしも反論しないわけには行かなかった。

だってそれを肯定してしまったら、なかなか会えないわたしと総悟の関係が否定されてしまいそうだから。


「そんなこと言ったら、織姫だって辛くて天の川に身を投げたくなることもあるわ」


珍しく反論したわたしを振り返った総悟は訝しげにみた。(あぁ、ちょっと怒ってるかもしれない)それでも、一度滑りだした口は止まることを知らない。


「辛くて、苦しくて、憎い天の川をみて何度も挫けそうになったと思う」


わたしは、仕事の関係で時々しか会えない総悟と自分を、彦星と織姫に重ねていた。

天の川に隔てられて会えなくて、それでも楽しみにしていたデートで久々に会った恋人は素っ気なくって、一体何を信じたらいいの?


「わかってない、織姫は、織姫は…」


そこまで言って、わたしは言葉に詰まって黙り込んだ。
総悟は驚いたようにわたしを見ていて、妙なことで熱くなってしまったわたしは少し恥ずかしくなった。


「ご、ごめん、今の忘れて」


慌ててそう言ったら、一歩先を歩いていた総悟はわたしの前まで戻り、涙目になったわたしの頭をぽんぽん、と撫でた。


「…彦星は織姫が大好きだからさァ」

「…」

「だからこそ過敏になっちまって、つい疑っちまうんでさァ」

「…うん」

「それに、本当に会えない時間が多い俺の恋人でいて、あんたが幸せなのかって、不安になったりして」

「総悟、」

「でも、今更別れるとか無理でさァ」


総悟は、ぶっきらぼうにわたしの手を掴んで歩き出した。


「総悟?」

「今日は俺の誕生日祝うためのデートじゃなかったんですかィ、早く行かなきゃ日が暮れまさァ」

「総悟」

「昨日あんなに期待させといて祝ってももらえないんじゃァ、いくら俺でも怒りやすぜ」


振り向いた彼に、わたしは思わず笑ってしまった。だって、澄ましていても照れているのがばればれだったから。


「連れ出したのはそっちじゃねぇかィ」


そうだった。今日は彼の誕生日で、とびきりのお祝いをしよう、と連れ出したのだった。
いつも仕事で会えない総悟に、今日だけは楽しんでもらいたい、と。


「ねぇ総悟あのね、」


総悟は照れかくしの澄まし顔のまま、わたしに向き直った。


「わたしも総悟の重荷になってないか不安だったけれど、それでもあなたの隣にいたいの」


でも、不安だったのはわたしだけじゃなかったみたい。彼が素っ気ないのも緊張していたから。わたしは彼の愛が本当かどうかなんて、疑う必要なんてかったのだ。


「総悟、」


今日は、大好きなあなたの大切な日。大したプレゼントも用意できないけれど、わたしの気持ちを最高の言葉で伝えたかった。なんて言葉を贈ろうか。

考えて考えて、わたしはやっと口を開いた。




「愛してる」




織姫と彦星のその後
(天の川に隔てられた彦星と織姫、でも彦星はついに天の川を越えて織姫を連れ去り、二人は幸せに暮らしましたとさ!)




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080705



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