曇天と煙管の街


相変わらず、汚れた色をした黒い煙が重く空を覆っていた。聴覚を狂わす派手な雑音は絶えず耳に付きまとい、俺を不快な気分にさせる。
顔をしかめながら建物の屋上へ登ると、降りそうで降らない雨を待つように空を見上げたあいつの真っ赤な着物が風でひらめいていた。


「…なにやってんだ」


俺の声に気付いたその女は下界(した)から視線を外し、先程まで寄りかかっていたその柵に背をむけて、もたれるようにする。

恐らく顔をしかめたままであろう俺の顔を見て、にっと子供のような笑みを浮かべた。


「晋助こそ珍しいじゃん、ここにくるなんてさ」


ここは、殺伐とした場所だ。偏狭もいいところ、名もない流れ者の行き着く街。
訳あって俺たちは今この街に潜伏しているが、このむせるような胸をつく街の空気が嫌だった。何もない。活気がない。祭りもない。



「相変わらず祭り男なのねェ、晋助は。そんなんだからまた子ちゃんが苦労するんだね」

「うるせェ。」


赤い袖を風になびかせながら女は煙管を吸う。煙を吐き出す彼女の背景(うしろ)では、灰色の煙が空へ昇っていた。

背後の煙、女の笑顔。
あの日々と酷似したその風景に目を見張った。

「あ、昔のこと思い出してたでしょ」

「……」

「でも、あたしはもう子供じゃないし高杉の片目もない。戦いは、終わったんだよ」

「…終わってねェ」


終わってないし、変わってもいない。あの日と何もかわらない景色のなかに、まだ俺は立っている。俺の胎内(なか)では同じ獣が蠢いているのである。


「お前らが変わったとしても俺は変わらねェ」


たとえ世界が変わってしまっても。


「高杉ィ」


女はくわえてた煙管をそのままに俺を呼ぶ。


「この煙管、高杉からもらったの覚えてる?」

「あぁ」

「もうボロボロになっちゃった。時がたてば、形はかわるんだよ」

「…」

「でも、変わらないものだってある」


相変わらず、無邪気な笑顔。場にそぐわない華やかな振袖。腰から下げた刀は一流のものなのに、この女が戦場にいても子供にしか見えない。
それは、今も昔も変わらない。


「変わらないよ、あたしが高杉が大好きだってこと」


あぁ、俺も変わらねェ。お前だけは失わないと誓った志だけは、決して。




曇天と煙管の街



080911(8/10 高杉生誕)



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