水も滴る 「新八ーバスタオルー」 ノックも無しに玄関に入ってきたと思ったら、その人は大声で僕にバスタオルを催促した。 読んでいた本を放り投げて慌てて玄関に向かうと、全身ずぶぬれのその女の人がしかめっ面で立っていた。 「どうしたんです、こんな大雨の日に傘も差さないで来たんですか」 「ばっかやろー、道歩いてる途中で雨降ってきたからずぶぬれなんだよぅ」 どうやら、いつものようにふらふらと出歩いている時に雨にふられたらしい。彼女は、天気予報を見ていなかったのだろう。 「もー、せめて雨宿りするとか、傘買うとか」 「お金もったいないし、コンビニよりもこっちの方が近かったんだよ」 それよりもバスタオルよこせ、と催促。濡れた髪から雫が滴り落ちた。 「うそだ、銀さん家の方が近いでしょう」 「今日銀はいないんだよー。どうせ、女のところにでも行ってんだよ。糖分だとしても女のひとりやふたり、いるでしょ」 「銀さんを訪ねてくるのはあなたくらいです。それに女って…あなたが銀さんの彼女でしょう」 彼女の髪を拭く手が止まった。バスタオルの隙間から覗いた目が、合う。 「え、新八そんな風に思ってたんだ?」 「どうみてもわかりますよ、僕だって」 女と男のなんたるか、見ればわかります。 言葉にするでもなく、彼女の目をみた途端、僕は自信を無くした。 「違ぁう、違うよ新ちゃん」 「違うってなにが」 「銀はわたしのこと妹だと思ってるし、わたしも銀のこと兄貴だって思ってるんだよ」 「そんな」 「ふふ、残念でしたー!新八はまだまだ子供だねェ」 からからと笑い声をたてるその人に、僕はばつが悪くなって口を噤んだ。 彼女は足を拭き、勝手に家に上がり込む。赤い唇はまだ雨に濡れている。 「それに、新八さ」 白い足が玄関から上がってきて、志村家の廊下を踏みしめた。 「誰もいない部屋にずぶぬれのおねーさん入れて、そんな不用心じゃ食べられちゃうよ?」 にィ、と笑みを浮かべたあなたは思ってもいないんでしょう。 僕が濡れたあなたの唇に、欲情しただなんて。 水も滴るいい女 080912(8/12 新八誕生日) |