水越しの会話 自分で言うのもあれだけれど、年下の面倒見はいい方だ。 一時期は保育士を目指そうと思ったこともあるけど、高校も終盤にさしかかった今は大学で学びたいのが一番。それでも近所の小学校たちには慕われていて、高校生になってからも空いた時間で相手をしていたりする。 そういう事情で今日も捕まってしまいました。 「お姉ちゃん、ちょっとついてきて!」 にっこりと笑って私を引き止めたのは、辻向かいに住むみーくんだった。 みーくんはハンバーグが大好きで、少し甘えん坊な活発な男の子だ。確か中学生のお兄ちゃんは野球部だったと思う。 「もしかして忙しかったりする…?」 断られると思ってか、上目遣いで不安げに聞いたみーくんに、にっこりと笑いかけて「そんなことないよ」と答えた。 「どうしたの?」 「あのね、お姉ちゃんに見せたいものがあるんだ!」 みーくんは、私の手を掴むと走りだした。私は手を引かれながらついていく。本当に小学生は、無邪気でかわいい。 河川敷へとやってきたみーくんと私。 みーくんは、川の中を指差す。魚でもいるのかな。私は疑いもせず、川の中を覗き込んだ。 「みーくん、なにも見えないよ?何があるの?」 覗き込んだ先には魚も、綺麗な形の石もなにもなかった。ただ、ゆらゆらと揺れる私とみーくんの顔が映っている。 「みーく、」 ん、と振りかえろうとして、水面に映った異変に気がついた。みーくんの右目が、おかしい。でも振りかえることはできなかった。振り向いてはいけない、そんな圧迫感を感じた。 「お姉ちゃん、あなたはとても素晴らしい力を持っているようですね」 お姉ちゃん、と言ったのは確かにみーくんだったのに、後半は全く別の声に変わっていた。高すぎず、低すぎない少年の声に。それに合わせるように、ゆらゆらとみーくんの形が変化した。赤い右目、そして……… 「あなたはっ、」 「…もう時間だ、またの機会にお会いしましょう。クフフフ」 その瞬間に金縛りが解けたようで、私は弾け飛ぶように振り返った。 するとぼんやりとしたみーくんが首を傾げて立っていた。 「みーくん…?」 みーくんはしばらく首を傾げていたと思ったら、突然我に返ったように私に言った。 「あ、お姉ちゃん!今日僕のお誕生日パーティーでハンバーグなんだ!お姉ちゃんも来てよ!」 それはいつものみーくんであった。何故河川敷にいるのかわからない様子のみーくんと手を繋ながら家路を急ぐ。 「おかしいな、お姉ちゃんに伝えるために公園にいた筈なのに」 不思議そうにまた首を傾げたみーくんの手を握りながら、私は先ほどの声を思いだしていた。 どこかできいたような声。私はそれを思い出せなかった。 水越しの会話 (次にその声をきいた時、私はとんでもない世界に巻き込まれた後だった) 080912 (8/23 みーくん誕生日) |