はじめまして


席替えをして窓側の席なのを喜んだのも束の間、わたしの隣へ来たのは獄寺くんであった。

喋ったこともない、ろくに存在も意識したこともないような関係だったけれど、獄寺くんは雲雀さんや沢田くんたちと派手なことをしていると噂だったし、何より見た目からして不良のようで怖かった(視線で人は殺せるよ)。

でも獄寺くんは沢田くん以外の人とは関わろうとしないし、意識しなければ大丈夫。1ヶ月くらいなんとかなりそうだ、と覚悟を固めたのは昨日の話。わたしは、さっそくピンチに陥っている。


(ばか、わたしのばかー!!なんで教科書忘れてんのぉ!)


気づいたのは授業が始まってからで、しかもよりによって国語。これは、教科書がないときつい。


(どうしようっ、隣の人に借りるとか…)


ちらりと視線を投げた先には机の上に突っ伏していた獄寺くんの銀色の髪。
…駄目だ、話しかけるのさえ無理だよ。


(でも一時間くらい、)


幸い後ろの方の席なので、先生に当てられないかぎりやり過ごせ、る…って、


(今日っ、わたし当てられるじゃん…!)


あらかじめ予告されていたのに答えられないとか、どうしよう…!
わたしが慌てている間にも、着々と授業は進められている。


「じゃあ次、笹川」


先生が指したのはわたしの前の席の子だ。つまり、次はわたしが指されるわけで…

いよいよ先生に指名されて、わたしは恥を覚悟で「教科書忘れました」と言おうと身構えたその瞬間、さっとわたしの机に教科書が置かれた。

突然の教科書の出現に頭が働かないわたしに、細くて長い指がページの真ん中の行を指す。
茫然と指が指す文字を眺めていたわたしを、ちょっと焦ったような囁き声が叱りつけた。


「はやく、ここ読め!」


その言葉にはっと我に返ったわたしは、急いで立ち上がり、示された文章を読む。

そして椅子に座ってから漸く冷静になった頭が、わたしに危険信号を送っていた。


(あれ、この教科書誰の?)


冷や汗がつぅ、と背筋を滑って、わたしはゆっくり首を横に向けた。
机に肘をついて頬杖をつく獄寺くんの手元に教科書がない。そしてわたしの手元の教科書には、


(…「獄寺隼人」)


しっかりと名前が書いてあった。
さっと差し出された教科書と静かに示した細い指を思い出して、わたしは獄寺くんを凝視していた。まさか、そんな?


「ごっ、獄寺くん…?」


絞り出したかのような酷くかすれた声がわたしの口から出された。獄寺くんは退屈そうにわたしの方を向く。
緊張が極限状態だ。うまく、声がでない。


「教科書っ」

「それ使え。忘れたんだろ」

「でも獄寺くんが」

「平家物語くらい全部覚えてるし」


それだけ言って、ぷいとそっぽを向いてしまった獄寺くんから、わたしは視線を離せなかった。
授業中だけ掛けている眼鏡だとか、長い指に付けられた沢山の指輪だとか、今まで気にしてなかった些細なことが一気にわたしの中に流れ込んで蓄積されてゆく。


(怖い人なんじゃなくて、不器用なんだ。だってこんなにも優しいんだもん)


そんな風に考えていた自分に気付いて、手元の教科書に笑みがこぼれた。


(これから1ヶ月、ちょっと楽しみかもしれない)


授業はあと30分。さて、どうやって教科書を返そうか。人に話しかけるのは苦手だけれど、彼と少しでも仲良くなれたらいいなと思った。




はじめまして、臆病なわたし!



080922
(9/9 獄寺誕生日)



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