幽月


攘夷戦争に参加した理由なんて、たかがしれてる。あのころ戦に出ることは流行だった。若者は、集っては地球の行く末を案じていた。中には本気だった奴もいるかもしんねーけど、少なくとも俺はその口だ。


「そんな割に、銀は積極的に戦うよね」


たくしあげた裾についた泥や血を拭いながら、きょとんと俺を疑問顔で見やる。


「ばか、だからこそ楽しまなきゃ損だろ?高杉とかと賭けてんだよ、夕飯当番」

「そんなこといって、自分が負けても当番やんないじゃん」

「ヅラと名前が作る飯が一番旨いんだからしょうがなくね?」

「うわ、ずるい。今日は銀と高杉が肉食わせてやる、とか言ってたじゃん」


不服、と膨らませた名前の頬に、汚い赤がこびりついていた。


「お前、血、落ちてねーぞ」

「銀こそ髪赤くなってるぞ!」


仕方なく、俺の袖でこすってやると、名前はくすぐったさそうに顔を歪めた。


「ほら落ちた」


言いながら、改めて自分たちの身なりにため息を吐く。浮浪者のように汚れ、破れた服。飛び散る血。腰から刀を下げて戦に繰り出す毎日。
戦に参加した理由は、確かに周りの影響。だが戦ううちに、別の目的が芽生えはじめていた。
天人を切り払ったときの達成感、地球を守るという使命感。それがいつしか生きる理由になってさえいた。

突然、頭に水が掛けられた。
驚いて視線を上に向けると、しゃがみこんだ俺を見下ろすように、バケツを持った名前。


「へへ、さっきのお返し」


そう言うと、タオルでがしがしと俺の頭を拭きはじめた。


(わたしも一緒に連れて行って)


名前は松陽先生の一番の愛弟子だった。だから、俺たちが戦へ行くと知ったときに、自らも刀を下げてついてきた。

(先生の敵を討ちたいの)


白い頬に、綺麗な着物に血が飛んだ。何人もの天人を倒し、屍を越えてきた。
綺麗だった彼女の手が汚れてしまうのが、本当はたまらなく嫌だった。人殺しの業を背負わせたくなかった。


「ほら、きれいになった」


タオル片手に満足そうな名前は、俺の髪を触りながら笑う。
俺の予想に反して、彼女の笑顔は消えることはなかった。それが、嬉しい。


「銀、月がきれい」

「本当だ」


いつの間にか、俺たちの上にぽかりと大きな月が登っていた。
荒れた地球に煌煌とした月明かりを落とす月は、あの日と、まだ戦を知らなかったあの頃と変わらない。


「よし、今日は焼き肉だ!」

「銀作ってくれるの?」

「おう!」

「やった!」


満面の笑みを浮かべた名前の手を掴み、俺たちは家路を急ぐ。早く帰らないと、みんなが待っている。


「なぁ、ちゃんと夕飯当番やるからさ」

「うん?」

「俺の前からいなくなるなよ」


彼女を、笑顔を守ろうと思った。それがエゴだとしても。



幽月


(銀時生誕)
081030



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