狂愛恋慕


出会い頭に、抱きしめられ唇を重ねられた。激しい抱擁の中、彼の刺すように強い視線がわたしに降り注ぐ。


「おかえり」


一週間も仕事で家を空けていたその男に、わたしは良妻を気取って呟いてみた。が、彼は聞いてないようだ。きつく、きつくわたしを抱き締めたまま、相変わらず不機嫌そうに表情を歪めている。

ヴァリアーのボス、ザンザスの恋人といえば、それはもう誰もが羨む玉の輿。マフィア上層部のお嬢さん方はパーティーの度に彼を射止めようとなさっているようだが、生憎、今のところ彼は他の女になびくつもりはないらしい。
暴君と名の知れたザンザスが寵愛する娘。それがわたし。他の者達はわたしを「恋人」とは認識していない。所詮、ザンザスの嫁が決まるまでの玩具か妾なんてところではないか。

漸く包容から解放されたわたしは、改めて帰宅したザンザスに視線を向けた。黒いコートは所々赤黒く濡れている。怪我はないようだ。良かった。
ザンザスは質素な椅子に腰掛け、傲慢な態度で脚を組んだ。


「お前、俺がいない間誰かと口きいたのか」

「ええ。スクアーロに晩酌に誘われたわ。調子が悪くて断ったけれど」

「カスと二人で晩酌なんかしたら、」
「二人じゃなくて、ベルとマーモンも一緒」


ザンザスは小さく舌打ちをして、空のグラスに赤ワインを流し込んだ。
この男は酷く嫉妬深い。多分、目の前で他の男と見つめあったりしたらその睨みで相手は焼き殺されるのではないか。


「ザンザス、悪酒は身体によくない」

「……うるせぇ」


仏頂面のままわたしの腰を引き寄せ、そのまま彼の膝の上に座らせられる。
ワイングラスを置き、ザンザスは後ろからわたしの肩に顔をうずめた。


「おい、」

「なぁに」

「嫌な匂いがする」


レディに向かって匂うとは、失礼な男だ。だがわたしには大体、その原因が想像つく。


「あぁ今朝、北の公爵にお部屋に呼ばれたから公爵の部屋のお香ね」

「北の…あの中年か」

「そう。ザンザスに相応しい見合い相手を見つけたからなんたら、とかいう話だった」

「カッ消す」

「だめよ、まだまだ使用用途、あるでしょ」

「怖え女」


ザンザスはククク、と嬉しそうに笑った。ぎゅう、と身体を締め付けられて、苦しくなる。
抱きしめて抱きしめて、厭きるくらいキスして、何度も何度も身体を重ねて、それでも足りないとザンザスはわたしを求める。
わたしの全てを欲し、そして求める。でも他人は所詮他人。いくら求めても、全てが手に入ることはない。


「名前」


耳元で低い声が、私を呼んだ。甘い、そして恐ろしい程の愛を秘めた声色で。
決して、わたしとザンザスは遊びなんかの関係ではない。ザンザスは、きっとわたしを離さない。わたしはザンザスのもの、ザンザスの愛に答え、激しい欲望を満たすだけ。


「名前」


足りないとばかりに何度も名前を呼ばれる。


「名前」

「ザンザス…」


わたしが返したのを合図に、ザンザスは傍らのベッドにわたしを放り投げた。

気の遠くなるような濃密な愛、そして愛故の憎しみ。

ザンザスの熱烈で過激な愛にわたし以外の女、ましてやマフィアのご令嬢が耐えられるわけ、ないのである。
そもそも、わたしにはザンザス、ザンザスにはわたしでないとだめなのだから。



狂愛恋慕


(10/10 ザンザス生誕)
081029



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