乾杯


「えー…と、沢田くん、だよね?」


呼び止めて、投げかけた声は思わず疑問系。
それも仕方のない話。なんせ、会うのは中学以来である。うちのボスから沢田くんが来るということは聞いていたし、後ろ姿で彼だということもすぐにわかった。それでも、中学生の沢田くんと今の沢田くんとがあまりに変わりすぎていて、呼び止めてから不安になったのだった。
振り向いた沢田くんは、この6年の間に随分大人びた顔つきになっていた。中学時代の幼さもすっかり抜けていた。


「え、もしかして名前さん…?」

「うん、久しぶり!元気だった?」


沢田くんは、わたしのことを覚えていてくれたようだ。
その事実にほっとしつつゆるゆる頬を弛ませると、沢田くんは気を利かせて、ボーイから受け取ったシャンパンを手渡してくれた。


「名前さんのことはリボーンから聞いていたけど、びっくりしたよ」

「それはお互い様。こっちだってあのボンゴレ十代目が同窓だなんて思いもしなかった」


思わぬ再開に、二人して笑ってしまった。沢田くんは、すらりと伸びた身長に着こなしたスーツがとても似合っている。わたしも、しっかりと六年分綺麗になっているといいのだけれど。


「はは、昔はマフィアなんかになるつもり、なかったんだけどね」

「わたしも。普通に高校出て、それから」


わたしと沢田くんは、決して親しい関係ではない。中学時代もただのクラスメート。大した関わりはなかった。敢えて言うならば、京子と沢田くんが親しくなって、少し話すようになったくらい。
思えばその頃から、沢田くんの周りは賑やかになりつつあったような気がする。いつだったか、赤ん坊を連れた沢田くんに遭遇したことがあった。その時の赤ん坊がかの有名なアルコバレーノだなんて、誰が思っただろうか。最もその頃のわたしは、ただの無知な中学生だったのだけれど。


「リボーンさんに初めて会ったとき、失礼なことを言ってしまった気がするわ」

「大丈夫だよ。あいつも、今の名前さんの功績を誉めてたし」

「功績っていってもね。本当に大したことしてないの」

「…オレもだよ」


少し寂しげに伏せられた目には、長年の苦しみや痛みが伺えた。彼も相当辛い思いをしてきたのだろう。大切な人を失い、それでも戦わなければならない。それがマフィアというものだ。
マフィア界なんて、まっとうな人生を歩んでいれば関わることのない世界。大切なものを失い、なぜわたしはマフィアにいるのかと涙に暮れた日々は数え切れないほど。しかし、いつ、どのタイミングの選択がわたしをまっとうな道から誤まらせたのかは、わからない。気づいた時には既に、わたしはその世界を選ぶ他、選択肢を持っていなかったのだ。


「オレが、ボンゴレ十代目になるなんてね」


呟いた沢田くんも、わたしとそう変わらない道を歩んできたに違いない。彼はボスなだけ、わたしよりも辛いこともあっただろう。それでも沢田くんは、こんな優しい表情を浮かべられる程、良いファミリーを持っているのだ。


「沢田くんのファミリーは幸せね」

「それをいうなら、名前さんも素晴らしいボスを持っているじゃないか」

「部下がいないとへなちょこだけれど」

「オレには、尊敬する兄貴分だよ」


遠くをみつめたその表情は、わたしの愛しい人とよく似ていた。やはり、ボスを継ぐものは何か共通した思うところがあるのだろう。


「あの人が今の言葉を気いたら泣いて喜ぶわ」

「いいの?キャバッローネ夫人がそんなこと言って、さ」

「いいのよ。今日だって新婦をほったらかしに…あ、噂をすれば」


近づいてくる足音に目を向けると、照れ笑いしながら駆けてくる男。白いスーツの胸には華、それは眩しい金髪の新郎である。


「名前、ここにいたのか」

「ディーノさん結婚おめでとうございます」

「悪いなツナ。わざわざ日本から来てもらって」

「違うの、沢田くんはわたしを祝いに来たんだから」

「てか名前!お前今日主役なんだから急にいなくなるなよ」


置いてきぼりを食らった新郎は、頬を膨らませた。それがあまりにも子供っぽくて、わたしと沢田くんは吹き出した。


「さて、新郎も来たことだし、乾杯しましょうか?」

「何に乾杯?」

「この奇妙な巡り合わせに、乾杯!」


カラン、と
三つのグラスが合わさった。




乾杯!



(10/14 綱吉生誕)
081111



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