恋い焦がれたひと


草壁さんとはもう長い付き合いになる。
元々は中学の先輩だったのが、今は信頼される部下の一人。随分な進歩ではないだろうか。そもそも、私と草壁さんは直接的な関係があったわけではない。当時の並盛風紀委員はやはり怖かったし、草壁さんといえばその風紀委員のナンバー2。恐れ多い。

あれから何年だろう、もう10年近く経つのか。全く時が流れるのは早い。


「名前。ちょっといいか」


はい、と返事をして、大きな草壁さんの背中を負う。
風紀財団は並盛風紀委員を母体とした組織。草壁さんは変わらず雲雀さんを支える、ナンバー2だ。


「草壁さん、ご用意はなんですか?」

「あぁ。恭さんの要望で、新しくチームをつくることになってな」

「へぇ、珍しい」

「そのチームの指揮をお前にやって貰いたいのだ」


草壁さんの言葉に、きょとんとした。それはそうだろう。話が突然すぎる。


「わたしが、チームの…?」

「そうだ。お前は私が一番信頼している部下だからな。恭さんも適任だ、と。やってくれるな?」


チームの指揮官ということは、わたしも雲雀さんや草壁さんと肩を並べて軍議に参加するということ。名誉なことだ、実力を認められたのだ。


「女で指揮官ははじめてだな。期待している」


しかし、そう言われた途端に大変なことに気づいてしまった。


「駄目です草壁さん!わたしが指揮官になったら、わたしは草壁さんを守れません」


わたしは草壁さんの護衛係だ。指揮官になったら、勿論、任を解かれてしまう。
草壁さんはわたしの焦りを知らず、笑って言った。


「大丈夫だ。私もそんな弱くないし、他の者に任せればいい」

「だ、駄目です…! 草壁さんの役割は雲雀さんを守ること。そして、その背中を守るのは、信用できる人じゃないといけないでしょう? わたしは、わたし以上に信用できる人物を、他の部下の中に知りません! そんな人に草壁さんを任せられない、」

「名前?」

「わたしは、草壁さんを守りたいのです。そして、あなたの側に、」


そこまで言って、とんでもないことをしたと悟った。草壁さんは困ったような顔をしている。あぁ、意見を求められてないのに勝手なことをしてしまった…!


「ごめんなさい草壁さ」

「…謝るのはこっちだ。お前を指揮官にしたのは私のエゴだからな」

「へ…?」

「名前はまだ、負い目を感じるのだろう?私が、君を助けた恩を返そうとしているな?」

「………」


昔だ。
わたしはマフィア関係に、かたぎの身で巻き込まれた。助けてくれたのは草壁さんだ。…それが、風紀財団に入るきっかけだった。


「私は、君を前線から遠ざけたかったんだよ。指揮官になればなかなか自らが闘うことはなくなる。私は、君が傷つくのが見たくないんだ」

「草壁さん、」

「お願いだ、指揮官になってくれないか」

「草壁さん!」


草壁さんは、優しい。強要することをしない。部下のわたしを、守ってくれる。


「草壁さん、わたしも違うのです。あなたに恩はありますが、それだけではないのです。下心ですよ。わたしはあなたの隣に立ちたくて、わがままで護衛をしていた。馬鹿な女です」

「それでもお前は、」

「好きなんです、草壁さんが」


ああ言ってしまった。
草壁さんは口を閉じた。わたしは嫌われてしまうかな。でも後悔はない。最後は彼を庇って死にたいと思う。例え、嫌われていても。


「馬鹿か、お前は」


しかし、草壁さんの言葉は予想していなかったものだった。


「恭さんのようないい男が側にいるってのに、こんな醜男を選びやがって」


驚いて顔を上げる前に、わたしは草壁さんの腕の中にいた。
なぜ、どうして、嫌われてないの。


「草壁さん?!」

「名前、私はずっと前から君に恋い焦がれていたさ。まさか、お前がこんな悪趣味だなんて知らなかったが、」

「…悪趣味だなんて、草壁さんほどいい男は、そうそう居ません」

「指揮官の件、受けてくれるね?」

「…わたしは」

「私の後ろではなく、隣でサポートしてくれないか」


そんな風に言われる日が来るなんて、誰が予想しただろうか。


「…わたしで、いいのですか」


優しく頷く草壁さんに、わたしはどうやらかないそうにない。
ちいさく承諾を告げると草壁さんは、笑ってわたしを離した。


「仕事中に抱き合ってなんかいたら、恭さんにどやされちまうな。続きは、またにしようか」


その言葉に、頬が火照る。想いがかなったという実感が、少しずつわたしの中に熱をもたせた。
わたしは幸福を噛み締めながら、愛しい背中を追った。




恋い焦がれたひと


(…ふん、あの雰囲気で邪魔できるものか。今度からいちゃつくなら余所にしてくれよ、哲)




(11/9 草壁生誕)
081201



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