どうしようもなく


入江正一は、プライベートルームで仕事中らしい。
チェルベッロたちにそう聞いて、ついでに書類も預かってきた。しかし、そのプライベートルームに彼の姿はなく、無造作に脱ぎ捨てられた制服やヘッドホンが机、椅子に散乱しているのみである。


(てっきり、仕事って名目で仮眠でもとってるのかと思ったのに)


わたしは外れた予想に不快感を拭えないまま、頼まれた書類を乱暴に置く。
最近、ミルフィオーレ内部は何かと忙しくて休む暇がない。(それは下っ端のわたし以上に、正一に該当するのだが)ともかく、そんな忙しい間を縫って会いに来たのに、何故彼はこのタイミングで席を外しているのだろう。


(それにしても、汚い部屋!)


わたしは改めて部屋を見回して、溜め息を吐いた。
服を畳まないのはもちろん、一昨日差し入れた缶ジュース、多分スパナからもらったのだろう飴などが、資料、書類、筆記具と一緒になって机や周辺に散らばっている。
同年代の男の子の部屋も、きっと同じようなものなのだろうけれど、これがミルフィオーレの重鎮の部屋かと思うと、少しいたたまれない。


(ちょっと片付けておこうかな)


しかし、彼にしかわからない書類は分類が難しく、わたしはすぐに諦めた。
正一はまだ帰ってこない。
すっかり手持ち無沙汰になり、仕方なく正一の簡易ベッド(こちらも脱ぎ散らかした服が散乱している)に寝転がる。

正一は、若いのに凄い。わたしは昔から正一の側にいたけれど、すぐに彼は、わたしの見えないところまで行ってしまった。
ミルフィオーレにおいて、ランクの低いわたしがメローネ基地にいられるのは、正一がそう望んでくれたから。
完全にお荷物扱いなのが、悔しいけれど。


「正ちゃんのばか」

「…誰がばかだ、不法侵入者」

「…! 正ちゃん」


いつ戻ってきたのか、正一は寝転ぶわたしを見下ろしていた。制服じゃない、シャツにズボンのラフな恰好だ。


「名前がいると思わなかったからびっくりしたよ」

「…わたしは正ちゃんの部屋の汚さにびっくりだよ」

「う、うるさい、片付ける暇がなかっただけだ」


正一は、椅子に乗っていた物をそのまま床に落とすと(さらに床が散らかった)ぐったりと、椅子に座り込む。


「正ちゃん…疲れてるね」

「ずっと徹夜だったから」

「身体壊すよ?」

「…大丈夫。多分」


本当に疲れているみたい。
熱でもあるんじゃないか、とそっと正一の額に手を乗せたら、その手を掴まれてひっぱられた。


「正ちゃ…!」

「名前うるさい。…今までずっと探してたんだからな」

「わ、わたしを?」

「そう。まさか、僕の部屋にいるなんて」


わたしは、正一の膝に半強制的に乗せられた体勢のまま、振り返った。


「わたしだってずっと正ちゃん待ってたんだから!」

「一昨日から、訪ねて来なかったくせに」

「だって正ちゃんが忙しいそうだから、」

「僕は、名前に会いたかった」


ぎゅう、と後ろから抱きしめられて、鼓動が速くなった。
正一はこんなに積極的で格好良かったかしら。いや、いつもの正一はへたれなのに、今日の正一はなんだかきざだ。それでも、わたしの好きな正一に違いはないけれど。


「正ちゃん」

「…なに」


多分、わたしの顔は赤い。
そんなことを気にしながらも、わたしが正一の膝の上で座る向きを変えようとすると、正一は腕を緩めてくれる。わたしは正一と向き合う――つまりは抱っこの状態で、正一を見つめた。眼鏡の奥の瞳と、目が合った。

正一は相変わらずインテリだ。身体の細さはミルフィオーレ内でも競えるくらい。でもその決して広くない肩に、彼はミルフィオーレの未来を背負っているのである。
こんな頼りないのに…いや、頼りないと思ってたのに、正一は、わたしが思っていたよりも大きくて、力も強かった。それにはじめて気づいたのはいつだったっけ。…なぜか今、それを改めて感じて、わたしは少し切なくなった。


「正ちゃん、お疲れ様」


彼の額に手を伸ばして、その癖毛をかきあげる。そして、眼鏡の上の額にちいさくキスを落とした。


「がんばって、でも、わたしをおいて行かないでね」

「誰が、置いていくか」


答えた正一は、耳まで真っ赤。良かった。正一はやっぱりへたれだ。
わたしは、そんなどうでもいいことに安心した。




どうしようもなく、愛しい



(12/3 入江正一生誕)
081203



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