友情と愛情の境目


「凪ちゃん」


聞こえてきた単語に、軽い戸惑いを感じながら私は振り返る。
そこに立っていたのは私より少しだけ年上の女の子。ボス――沢田綱吉のファミリーの一人、確か名前は苗字名前だったと思う。


「あれ…違った?あの、ツナから本名聞いて、そう呼んでみたんだけど」


違わない。
凪。間違いなく、それは私の本名だ。けれど多少驚いたのは事実。今では私をそう呼ぶ人はいないから。
黙ったままの私を、怒ってでもいると勘違いしたのか、名前はちょっと焦った様子で続けた。


「もしかして、嫌だった?ええと、クローム、かどくろちゃんの方がいいかな?」

「…ううん、凪でいい」

「じゃあ、凪ちゃんって呼ぶね!」


私が肯定の声を上げると、やけに嬉しそうな顔で、名前は笑う。
今まで私は名前と関わりを持ったことがなく、まともに話すは今が初めてだ。それにしても――凄く、普通の女の子だと私は驚いた。とてもマフィアの関係者と思えないのだ、外見も、雰囲気も。


「そうだ、今朝クッキー作ってね、凪ちゃんこれどうぞ!」


言いながら、彼女が差し出したのは可愛く包んだクッキーの詰め合わせ。
それはとてもよく焼けていて、美味しそうな匂いを漂わせている。


「私が貰っていいの?」

「もちろん!凪ちゃんに作ったんだから」


「私の為」なんて優しく、愚かな言葉だろう。新鮮すぎるその響きに、私は言葉を失った。
しかし名前はそれに気がつかないのか、照れくさそうな顔でつぶやく。


「凪ちゃんとは仲良しになりたいんだ」

「…私と?」

「骸は、ちょっと苦手だったから…あ、ごめんね」


骸様の悪口で、私が気分を害すとでも思ったのだろうか。彼女はよく謝る子だ。それはきっと彼女の短所でもある。
しかし、相手を気遣って、優しくして…私にはとてもできないことができる彼女は、ちょっとだけ羨ましかった。


「女の子同士なんだもん、仲良くしてね」


名前の、にっこりと笑った顔があまりにも眩しかったから、私は「クッキーのお礼」とほっぺにキスを落としてやった。

思い通りに顔を赤くして慌てる彼女と仲良しになるのも悪くないかもしれないと、こっそりほくそ笑んだのは秘密。




友情と愛情の境目




(12/5 クローム生誕)
081205



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