欲求


近い。目を開けたら、至近距離にその整った顔があった。


「…ん? おはよう」


わたしが不機嫌な顔をした為(無意識だったが)か、そいつはちょっと不思議そうに首を傾げてそう言った。
こいつは…なんでここにいるのだろう。ここはわたしの部屋、鍵はちゃんと掛けてあった筈。否、そんなことはこの際どうでもいい。問題は距離だ。

奴――渚カヲルは、わたしの顔を覗きこんでいる。彼とわたしの距離、僅か1センチ。


「ち…ちかい!」

「あぁ、ごめん」


カヲルは、クスリと笑みを浮かべて顔を離した。
先に述べておくが、わたしとカヲルは恋人ではない。わたしはネルフに巻き込まれたただの一般人。カヲルはフィフスチルドレン。つい最近やってきたカヲルとまともな会話すらしたことがない。それが、なんで、こんな。


「カヲル…?」

「なんだい、名前」

「なんであんたがわたしの上に、」


眠るわたしを跨ぐようにして覆い被さるカヲルに聞く。その体制はまるで、


「押し倒したみたいだろう?」

「!」

「雑誌で、こんなの見たから」


見たから、ってどんな雑誌みてるんだよ。
カヲルは依然としてわたしの上から動かない。だからしばらくやつの顔をわたしは眺めていた。整っている…でもどこか薄っぺらくて嘘臭い渚カヲルを。


「どうして、わたしの所に」

「人間ってやつを知りたくてね」

「…碇君でいいじゃない」

「彼と君とは違うだろ、生物学的に」

「綾波だって、」


言いかけたわたしは、再び近付いてきた顔に、言葉を飲み込んだ。


「知りたいのはただの人間じゃないんだ」


彼の手が、わたしの両腕を抵抗させないように押さえつけている。わたしはただ彼を見上げるしかなかった。


「僕は、名前が知りたい」


それは温かみのまるでない言葉。単純に、好奇心からくるまっさらなもの。


「君が欲しい」


顔に三日月を刻んで、カヲルはわたしの唇をべろんと舐めた。


抵抗しないわたし、人間じゃないカヲル。
狂っているのは、わたしたちじゃなくて世界のほう。


081208



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