咀嚼される精神 頭の中から、咀嚼されるような音がきこえる、 そうぼやいたわたしを、居候の自称攘夷志士は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。 「もうヤバいんじゃねーの?」 何がヤバいかって、わたしの頭が、だ。しかし目の前のこの酔狂な馬鹿男の方が頭はとうにいかれてるのは周知の事実である。 「その貧相な腹の中に獣飼ってるとかほざいてる馬鹿に言われたくないわ」 「ほう、その貧相な腹に昨夜散々しがみついてたのはどこの女だったか」 「ふざけないで」 わたしがしかめっ面で腕を振り上げると、男は隻眼の目でわたしを見つめた。にやにや、と。 「じゃあお前の中になんか寄生してる、とか」 「身体の異常だったらわたしが気づかないわけないわ、医者だもの」 「…身体の異常じゃねーか」 「ちがう、多分もっと精神的なもの」 目を閉じると、頭のずっと奥の方から音がした。咀嚼されるような、気味の悪い音。 「嗚呼、」 高杉は鳴いた。 はらりとその頭に巻いた包帯が、ほどけそうになる。 「俺の獣がお前の中に、種を植え付けたか」 何を言い出すかと思えば、馬鹿なこと。この男は、馬鹿だ。 「孕んだんじゃねーの?精神が、俺と同じ獣を、よ」 昨夜の情事を思い出したのか、高杉はクククと笑った。はだけた着物から覗く鎖骨が酷く艶めかしい。 高杉の答えは余りにも馬鹿だったけれど、すんなりとわたしの心情にあてはまるものだったのが悔しかった。 「精神を孕むなんて、つくづくいやらしい女だなァ」 「…孕ませたのはどこの男かしら」 「でもよォ、内側から精神を喰われて、喰われて、そのうちにどうにかなっちまうんじゃねぇか」 「どうにか…?そこにいる馬鹿みたいに思考回路までおめでたくなるのかしら?」 「かわいくねぇ女」 言いながら、高杉はわたしの衿に手をかけた。長い、指がわたしの輪郭をなぞる。 わたしを内側から咀嚼するのは、ほかでもない、高杉だ。そうして侵食されて同一になってしまうなんて、滑稽だ。 いつの間にか高杉の手はわたしの腰の帯に伸びていた。すっかりその気になったようだ。 「…わたし嫌、昼間から」 「あ?そんなの知らねーよ。ただ、獣が疼くのさ」 高杉はにやりという笑みを口元に残したまま、躊躇なく、わたしの天地をひっくり返した。 咀嚼される精神 080522 |