ロシアの貴婦人


「高杉のばか、浮気者、無節操!近づくな歩くR指定!」


朝教室に入った途端叫ばれた。泣きはらした目でこちらを睨みつけながら喚くそいつは、まぁなんだ、俺の女だ。
名前は特別かわいいわけでも目立つわけでもないが、なかなか面白いやつだ。ちなみに、いつも泣きはらした目だったり突然喚き出すやつじゃないからな。


「なんだよ、いきなり」

「ばかすぎ、このエロテロリスト!」

「はぁ?」

「昨日見たそうよ?あなたと他の女の子が話してるのを」


喚くばかりでまるで会話の続かない名前の後ろから、やな笑みを浮かべて学級委員が顔を出した。たしか志村とかいう女だ。


「名前には心底惚れているようだったけれど…浮気癖も本当だったようね」


志村の蔑んだような目つきと口調に腹が立った。


「あ?浮気なんかしてねーよ」

「あら、白い肌が綺麗だとかいう話をしていたじゃない。ロシアから留学してきたB組のジョセフィーヌちゃんと」


…この女の仕業か。
どうもおかしいと思ったんだよな、いきなりロシアなんとかから話かけられてさ。
つーか名前と俺が付き合ってんの気に入らないからってそこまでするか?絶対別れないけどよ。


「ともかく、そんな破廉恥な人と名前を付き合わせるわけにはいきません」

「だから浮気なんかしてねーっていってんだろまな板女。昨日だっていきなり話かけられて泣きつかれて意味わかんねぇ」

「だれがまな板女ですか、セクハラで訴えますよ」


俺と志村が一歩も引かない状況で火花をちらす中央で、グズグズと泣いていた名前は漸く俺を見上げた。


「う…浮気じゃないの…?」

「ちげーってんだろ」

「だ、だってこないだみた映画のロシアの貴婦人の人見て、いい女だとかいってたじゃん…!」

「ばっかお前、あんな女と言葉通じるわけねーじゃん。大体、」


口を尖らせて懸命に睨みつけようとする名前が凄いかわいくてどうしようかと思った。
濡れた睫、不安気に揺れる瞳、濡れた頬……誘ってんのか?


「いくらいい女でも、となりに好きなやつがいたら霞んで見えるんだよ、そんなもん」


頬を真っ赤に染めた名前の後ろで、志村は眉をしかめた。ハッ、今日は俺の勝ちだな。


「…ごめん高杉。でもロシアの貴婦人がいい女だってことには変わりないんでしょ?」

「は?(まだいうかこいつは)」


少し悩むように眉間にしわを寄せた名前は、突然俺の手をつかんで宣言した。


「じゃあ、じゃあわたし頑張ってロシアの貴婦人に養女にもらってもらうから、好きでいてね」





ロシアの貴婦人

(こいつも大概ばかだ。俺と志村のあいた口は塞がらない)




080825 / ワルツ一周年



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