美人より美心


「総悟」


目の前に姿を表した彼女に面食らった。
ここしばらく忙しかった為に、ひとつ屋根の下に居るっていうのに全く会えない日が続いた。生憎、俺も名前もあっさりとした性格なので数日間なんの連絡もなかったのだった。それが今日、突然久々に非番が入った。仕方ないので隊服のまま、縁側に寝ころんだところだった。


「…名前」

「久しぶり」


にっこりと笑った名前は寝ころんだ俺を見下ろす。


「総悟が非番だって聞いて、探したんだから」

「名前は仕事無いんですかィ」

「なんかね、今日はもう休んでいいよって言われちゃった。あの副長が珍しくね」


彼女も隊服のままだった。先駆けの一番隊隊長である俺と副長付きの諜報の名前は、突然の出動に備えて常に待機していることが多い。そこに前触れなく休みを貰って、正直お互い暇を持て余しているのだ。


「せっかく二人非番なら、朝早くから出掛ければよかったね」


言いながら、俺の横に腰をおろす。俺も、体を起こして名前の隣に座った。


「朝早くなんてめんどくさいでさァ」

「そう?…でもどうせ非番なら前もって言って欲しかったなぁ」


今日はゆっくりできそうだけれど、と名前は静かに微笑んだ。昼前のゆるやかな日光を浴びながら縁側で雑談、確かに時間の贅沢をしている気分。
何気なくすぐ近くの名前の顔を覗き込んで息を呑んだ。


「名前、化粧なんかしてやしたっけ」


指摘すると緩やかに微笑んで「最近はたまにね」と答えが返ってきた。


「流石に、街に出るとき位はそろそろしなくちゃまずいみたい」


いつのまにこんなに女らしくなったのだろう。うっすらと引かれた口紅、綺麗に整えられた髪に戸惑った。


(昔は化粧っ気のまるでない、可愛くない女だったのにねィ)


乱れっぱなしの髪に化粧をしらない顔。出会った頃の名前を思い浮かべてこっそり笑う。


「総悟?」


名前の声にはっ、とする。無意識に、名前の頬に手を伸ばしていた。
思ったよりも柔らかなその手触りに不覚にも胸がときめいた。そのままの勢いで手を顎へ滑らせ、上向かせた唇を奪う。一瞬重なって離れた名前の顔は、いつになく赤く染まっていた。


「おや、照れてるんですかィ」


至近距離のままからかうように言うと、ますます赤らめた顔を逸らすように視線を外した名前は「だって久々なんだもの」と呟いた。


女らしくなったと思ったら、途端に現れる幼い表情。そのギャップに笑ってしまう。


「可愛いねィ」


思わず出た言葉にも彼女はぴくりと反応する。
と、突然こちらに顔を向けた名前が無邪気な笑みを浮かべた。

ちゅ、

刹那、微かなリップ音。すぐに重なった唇は離れる。


「お返し」


思わぬ反撃にうろたえた俺を彼女が笑うその状況は、さっきとまるで反対だ。
顔を見合わせて笑い、もたれかかってきた名前を抱きしめた。


「ねぇ総悟」


俺の背中に手を回しながら名前はくすくすと笑う。


「幸せだね」


ぎゅう、と力をこめたら、さらに彼女は笑い声をあげた。あたたかい。とても、安心する。
幸せだと笑う名前をかき抱きながら、俺も幸せをかみしめて言うのだった。


「名前、大好きでさァ」




美人より美心




080826 / ワルツ一周年



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