嫉妬 わたしは、よくわからなくなる。何故ここにいるのか。 「わからないのです。何故貴方がわたしを求めたのかが」 呟くと、少し離れた所で書物に目を向けていた千景がわたしを見て低く答えた。 「何故…だと?」 若干不機嫌そうな声だ。けれどもわたしは怯むことなく、わからない、を繰り返した。 「風間。わたしはここに必要な人材なんでしょうか」 「必要な人材以前に、お前はもう風間家の人間だろう。それと、俺のことは名前で呼べと言わなかったか」 確かに言われた気がする。しかし、既に風間家の人間だとかそういう理由が聞きたいのではなかった。 「千景、何故わたしを求めたのですか」 わたしの問いに、何かを見いだそうとするかのように千景は目を細めた。 「さっきから…何が言いたい」 「貴方がわたしを求めたのは、女鬼、だからですか」 千景が息を呑むのがわかった。意地悪だ、わたしは。彼が動揺するのをわかっていて問いを続ける。 「女鬼ならば、正統な純潔の者が他にいるでしょう。――現に、貴方はつい最近まで雪村の娘を奪おうと画策していたと聞きます」 「……不知火に聞いたのか」 「その際、京の旧き血筋の千姫までも貴方の子を産んでもよいと申されたそうですね」 「…そちらは天霧だな」 「千景、強い跡継ぎが欲しいのなら、雪村や千姫を嫁に貰う方がいいのではないのですか。確かにわたしも濃い血を受け継ぐ者。…ですが、ほんの僅か人間の血も混じっているのです」 千景は黙したまま、わたしを見詰めていた。突き刺さるような鋭い視線を見詰め返すと、千景は冷ややかに言った。 「それで、お前は俺に連れ添うのが不満なのか」 予想していなかった言葉に息を呑むのはこちらの番であった。 「と、とんでもない!わたしは望んでここへ来たのです。けれども最近は疑問ばかりが胸に残る…千景はわたしをどのような目で見ているのか、と」 声を荒げたわたしに、何故か千景は唇に三日月を刻んだ。目元も愉しそうに細められる。 「お前が阿呆だと言うことをわすれていた」 「…それはあんまりです」 「回りくどい事をせずに、聞けばいいだろう。俺がお前を愛しているかどうか、とな」 思わず顔を背けたわたしは、いつの間に近づいたのか千景の腕に捕らわれていた。高鳴る心臓を無視しながら振り返えると、いかにも愉快、といった表情の千景の顔がすぐそばにあった。 「頭の足りないお前に教えてやろう。俺はお前を女鬼として、子を産ませる為だけに娶ったわけではない」 「…しかし」 「気に入った、と言わなかったか。全く、俺を前にして動じないのはお前くらいなものだ」 更に顔を近づけた彼から逃れようともがくが、千景の力には当然かなわない。それどころか、腰と背に回された腕は更にわたしを引き寄せた。 「雪村や千姫の件に、嫉妬しているのか?」 「わたしは嫉妬、など」 「ふん…強情な。言っておくが、あれはお前と出逢う前のことだろう。不知火や天霧が何を言ったか知らぬが、俺にはもうお前しか見えておらぬ」 綺麗な顔立ちだ。金の髪や赤い瞳は、彼の高貴さを際立たせていた。 わたしはその目に捕らわれて、息をするのもやっとであった。 「俺の子を産め。そして、俺の物になれ」 決して、お前を手放すつもりはないのだと強く迫られてわたしは、 「わたしの心はとうに貴方、千景のものなのです」 と言った。 千景は酷く満足げに、わたしの唇を優しく塞いだ。 081228 |