わたし主義者


自分よりひとまわりほど小さな手のひらに、二枚のコインを落とした。

真剣な面持ちで、左手を腰に当て、右手を差し出しながら上目遣い(になるのは身長的に仕方ないらしいが)で金をせびる女は、こいつくらいじゃないか。普通もっと上目遣いはかわいいものだと思う。上目遣いってもっとこう、さ(彼女曰わく、上目遣いしてるんじゃなくて見上げてるだけ)。
そんな高飛車な態度でいて、ちっちゃいからどうにも俺には滑稽に見えてしまう。


「…お前さ、二百円くらい自分で出せよ」


呆れながらも結局彼女の強気な視線にはかなわず、二百円だしてしまう俺もどうかしてる。
すると、二百円を受け取った彼女は、にっこりと見惚れるような笑顔を浮かべて言った。


「たかが二百円、されど二百円!今手持ち百五十円しかないんだもーん」

「じゃーこんなところ来なくていいじゃん」

「何それ、かわいい彼女に言う言葉ー?」


そう、仮にも名前は俺の彼女だった。忘れかけてたぜ。


「久々の休みだから映画行きたいとか言うかと思ってた」

「わたしはこっち来たかったの!だって楽しそうじゃん」

「だからって、普通バッティングセンターでデートはなくねぇ?」

あらあら、阿部クンはかわいい遊園地デートとかしたかったのかしら?

茶化した名前の言葉にいつも、ついつい口調がきついものへとなってしまう。


「お前さ、ちょっとは女らしさってもんを…って聞けよ」


だが、気にせず名前は既に二百円を投入していた。俺放置か?

「うっしゃー!」と気合いのようなものを入れながら名前はバットを握る。名前は根っからの文化部だから腕は信じられないほど白く、そして細い。そんなんで打てるのか、ほんと。折れるんじゃねぇ?

「いっけぇ!」


自分で叫びながら勢いよく振った第一球目、見事空振り。その次も、その次も。


「ばっか、高すぎる」

「え?もっと下?」

「そう…おしい。ていうか、本当に打てんの?」

「失礼な!これでも体育選択授業はソフトなんだからねー」


カキィン、といい音が響いた。


「やった!」


そういえば、名前は野球になんか興味なかった筈なのに最近よく見てるようだし、ルールわからないくせにソフト始めたり、現に今だって打てるようになってる(60キロだけどな)。

(それって俺のため?なんだ、可愛いじゃん)

俺は、そういう彼女の努力家なところに惹かれたのだ。最近は天真爛漫すぎる名前に振り回されてばっかで忘れてたけれど。


「ねー阿部みてみて!花井の真似!センター返しー!」

「微妙に似てる」

「でしょー!」


遊園地や映画みたいなありきたりなところよりもこっちに来て良かったのかもしれない。こっちのほうが、俺たちの性に合っていると思う。しかし、


「阿部!好きだぁー!!」


絶叫しながらバットを振る彼女には流石に絶句した。


「なんかドラマでやってた!」

「恥ずかしいからやめろ!」


漸く二百円分が終わってバットを下ろした彼女の髪を、ぐしゃぐしゃと乱してやった。ざまぁみろ。


「どうしてお前はそうも自分主義なんだよ」


へへん、と何故かそこで胸を張った彼女はやっぱり明らかに変人だけど、俺はそんなこいつがやっぱり好きなのだった。




わたし主義者

(そうして更に二百円を強請られるのだ)



080822 / ワルツ一周年



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