神に捉えられた天使


――手を握られた。

突然感じた温かな体温に顔を上げると、どこか薄ら寒い嘘っぽさが見え隠れしている柔らかな笑顔が私を見つめていた。
間近に見る彼の顔は綺麗に整い、またその白い肌(というと、つい最近まで入院していた彼は怒る)がよく冬の寒さに栄え、彼の姿は何故だか神々しくすら見えた。


「どうしたの、ぼんやりとして」
「え、いや、精市の手は温かいんだなって思って」
「冷たいと思った?」


心が温かい人は手が冷たいっていうからね、と何の躊躇いもなく言ってのける幸村は影のある笑みを浮かべる。よく言う、自分ではそう思ってない癖に。


「名前の手は、冷たいね」
「そう?今日は手袋を忘れたから」
「俺を待っていてくれるのは嬉しいけど、暖かいところでって言ったのに」
「今日は、外で待つ気分だったのよ」


私の言葉に、幸村は困ったような顔をした。


「風邪引いたらどうするんだ」
「大丈夫よ」
「病気をなめたらいけないって、何度も言っただろう」
「だから大丈夫だって」


幸村は、風邪や怪我をすることにとても敏感だった。無理もない、幸村は入院していた。二度とテニスは出来ないと言われた。だが彼は、その孤独と恐怖に打ち勝って、コートに戻ってきた。
そのような過去を持つ彼だからこそ、二度と同じ徹を(私にも)踏まないように細心の注意を払っているのである。


「精市は、コートの上では容赦ないのにこういうときは凄く優しいのね」
「君にだけ、の間違いだよ」


病気を完治した幸村がもうひとつ、決意したことがある。後悔しない、ということだ。幸村はいつでも全力で生きている。だから、何事にも容赦ない。
私は、容赦ない幸村に度々してやられていた。現に今も頬が熱を持ち始めている。


「名前、なんで俺の方見てくれないの?」


ついさっきまでの私を心配する表情は消え、彼は狼狽える私を愉しそうに観察する。
私は幸村に流されてはかなわないと、顔を背け、不機嫌なふりをして言い返した。


「私が精市を見ていなきゃいけない理由なんてないでしょ」
「でも俺は、名前を見ていたい」


手を握っていない方の手で、幸村は私の頬に手を伸ばした。


「頼むから、こっちを向いてよ」「…いや」
「どうして?」
「恥ずかしいもの」
「フフ、仕方のない子だね。でも寂しいな。こっちを向いて」


囁くような声に、思わず其方を向く。幸村の瞳が私を捉えた。
静かだ。しかし、強い光を持った瞳だ。その視線に捉えられた私は、息がつまりそうだった。私は酸素を吸おうと大きく呼吸をして、そして囁くように言った。


「神の子っていうの、嘘だと思ってたの」


それは、テニス部のメンバーが教えてくれたことだ。幸村の異名だ。馬鹿げていると思ったし、如何せん、大袈裟である。


「でも、今の私には精市が神様に見えるよ。綺麗で、残酷で、私は目をそらせない」
「随時大袈裟だね」
「嘘でも、大袈裟でもないわ」


ちょっと俯き加減に呟いたら、隣の幸村が急に私を抱きしめた。私は吃驚して、声を上げた。


「精市っ、」
「――…俺が神なら、君は天使かな」
「え?」
「俺だって、君がたまに本当に天使なんじゃないかって思うんだよ」


決してふざけた様子じゃなく、至極真面目に神だとか天使だとか言い合う私たちは、さぞかし滑稽う。


「俺は名前に何度も助けられて、支えられたから」
「…神に天使、なんだかファンタジックだわ」
「本当に。でも事実なんだから仕方がないよね」


互いに笑い合う私たちは滑稽だ。そうわかっていながら、馬鹿げた考えを否定することはできなかった。

つまり、私も精市も、互いを必要としているのである。



神に捉えられた天使





090206



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