悔しいけど大好きだ



「大体さ、骸は勝手なんだよ」


言いながら、名前はぷちんと生けた花を手折る。名前の前に座る千種と犬はそれぞれ自分の思考に没頭しながらも、いらいらと恨み言を言う彼女に耳を傾けていた。


「突然プリンが食べたいとか意味不明じゃね?」


ぷちん。またひとつ花が名前によって千切られる。そして花びらを一枚一枚バラバラにして、床下に散らかす。


「それで、なんで私が手作りしなきゃならないの」

「美味しかったびょん」

「犬ちゃんは黙ってなさい」


口を挟んだ犬をピシャリとはねのけた。問題は美味しいとか不味いとか、そんなことではない。あの上から見たような物言い、時たま見せる子供のような強情さがむかつく。さらに言うと変な髪型もやめてほしい。特徴ある笑い方も。なんで私はあんな男と一緒に暮らしているのだろう。自分で自分の理解に苦しむ。

いらいらと文句を言っていた名前に、千種が見かねたようにして顔を向けた。読みかけの小説にしおりを挟み、ため息を吐く。


「名前、そんな事言っても何も変わらないよ。骸様はそういうひとだから」

「でも改善しようとか、少し位思うでしょ?」

「骸さんはしないびょん」

「犬ちゃんは黙ってなさい」


またもや除け者にされ、犬は唸って机に突っ伏す。そのままだるそうにガムを噛んでいる彼を横目でみていた名前に千種が呟いた。



「…そこまで言うなら、出ていけば?」


突然、何を言い出すのだ。
流石にぎょっとして名前が見返すと、眼鏡の奥の黒い瞳に自分が映っているのが見えた。


「そんな、無理じゃん」


(確かに一人暮らしにはちょっと憧れていたし、一人で生活する自信もある。でも骸がそんなの、許してくれるわけないし。)
無理に脱走すれば報復が怖いのだ。千種を睨みつけると、淡々として返された。


「名前ならできるんじゃないの。大丈夫だよ」

「うわ、千種他人事。私が死んでもいいの」

「それで殺されるなら、今の状態で生きてられないだろ」


確かに。ここまできて、怖いも何もないかもしれない。

そもそも事の発端は、名前が派手に喧嘩したことだった。骸の命令はいつも滅茶苦茶で、名前を筆頭とする仲間たち(というか八割方は名前)は彼への対処に困っていた。それでも我慢していたのだが、ついにそれに耐えきれず、手に持っていた炊飯器で彼の頭を強打した名前。
殴った途端にまずいなと思った。絶対、倍返しだな。そうして次に来るであろう攻撃に身を構えた名前。だが。

「もういいです」

いつもならば仕返しは絶対だ。しかし、その時の骸はそう言ったきり部屋にこもってしまった。

そして今。


「でもさ、部屋に籠もるとかずるくない?私が悪いみたいじゃん」

「骸さんがいくら横暴でも、手ぇ出したら負けれすよ」

「炊飯器は酷い」

「なにそれ!みんな私の味方する気ゼロ!?」


名前は憤って花瓶の花をぶちまけた。テーブルクロスは無残に水浸しである。しかし千種と犬はあまり気にとめず、ただ自分が濡れない位置へと避難する。

口を尖らせた少女が更に喚こうとしたその時、奥の部屋のドアが勢いよく開いた。


「名前!」


口を開いたまま、ぽかんとした顔で振り返った名前に、奥の部屋から出てきた男が抱きついた。


「む、骸…!」


突然のことに頭がついていかない。呆然としてほんの一瞬、抱き寄せられていた名前はすぐに我に返って骸を突き飛ばした。馬鹿力と賞賛される少女の腕力に、骸は簡単に床に投げ出される。


「あぁ、名前!すみませんでした、僕が悪いんです、どうか許してくれませんか?」

「は?何、いきなり」

「だめ…ですか…?」


冷たい視線を送られながらも名前の手を掴み、懇願するように言う骸。膝を床についたまま、跪くような格好である。名前はその手を引き離そうと暴れるが、案外力は強く、思うようにはいかなかった。


「駄目も何も、あんたが勝手に引きこもったんじゃない!」

「頭を冷やして、名前の大切さに気づいたんです」

「今更そんなこと、」

「名前」


(あれ、なんなんだろうこの会話。なんで痴話喧嘩みたいになってんの)
名前は思ったけれど、あまりに必死な骸の姿に何も言葉にはならない。


「貴女は僕が嫌いですか?」


寂しそうな表情で見つめてくる骸に、名前は耐えきれずに顔を逸らした。




悔しいけど大好きだ




こうやってまた、結局骸を許してしまうのだ。内心、してやったりと思う骸の本音を、名前は知らない。





骸誕
何が書きたかったのか、いまいち不鮮明になりました…

090618



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