崩壊する計画 -------------------------------------------------------------------------------- 「ミツバちゃんにこれ届けてって言われた」 突然、俺の前に弁当が突きつけられた。見覚えのある弁当箱だ。声の方に顔を向けると、これまた見覚えのある女の顔があった。 見覚えがあるのは当然だ。弁当箱は俺ので、女は隣に住むいわゆる幼なじみというやつだったからだ。 「何、コレ」 「弁当。あんた忘れたんでしょ」 それはあまりに突然で、予想しない事態だった。きっと俺は、今酷い顔に違いない。なんにしろ、何も考えられなかったのだから。女の、名前の顔を見つめるしかなかった。 「今朝、慌てたミツバちゃんが駆け込んできたから…」 呆然としていたら、不意に、名前が困ったような表情を浮かべて言い訳するように言う。そして目線を下に逸らした。それがなんだか妙で、それでようやく状況が把握できた。 名前が学校で俺に話かけてきたのは、大きな誤算であった。 小さな頃の俺と名前は、親の都合で仲良くならざる得ない境遇で、気が合ったわけでもなかったが、気づいたら一緒にいた。だが中学に上がって疎遠になった。女子と話すのが厄介になり、名前とも学校では話さなくなった。最も、しょっちゅう家族ぐるみの合同食事会が行われるので、そのときは普通だったが。そんなこんなで高校にあがり、今に至る。 「それでわざわざ届けに来たんですかィ」 「…断るわけにいかないし」 この事態は名前にとっても不本意だったらしい。なんか少し悔しいような気もするが、それは後回しだ。よく考えろ、ここはZ組である。最も、名前を近付けたくない場所だった。 (ここの連中は、厄介ですからねィ) 俺が学校で、極力名前を無視し続けてきたのには訳がある。自分で言うのは何だが、俺は良い意味でも悪い意味でも目立ちすぎるのだ。そんな俺が名前と親しげに接すれば、名前も注目されてしまうだろう。 (誰も名前に、気付いて欲しくないだなんて、自分でも赤面モノでさァ) しかし、事実なのだから仕方がない。俺は、名前が好きなのであった。 「おい、妹かなんかか?」 土方が余計な口を出したのは、その時だった。名前はびっくりしたように、目を丸くする。珍しげにじろじろ名前を見る土方の視線が気にくわない。 「…土方、何馬鹿言ってんでさァ。B組の名前、同い年」 なるべく感情を悟られないように、そして名前に興味を持たせないように素っ気なく言う。 「お前の女子の知り合いなんて珍しいからよ」 土方が女子を気にするなんてその方が珍しいことを、この男は気付いているのか、いないのか。だからZ組の奴らは嫌なのだ。人の面倒事を、すぐに嗅ぎ付ける。 「じゃあ私、行くから」 名前は土方に怯えたような顔をして、踵を返した。ザマーミロ。これで名前との関係も、俺の気持ちもバレることないだろう。用がない限り名前はZ組に近づかない筈だし。 「ちょっと待った」 ――驚いたことに、自分でも無意識だった。名前の腕を掴み、引き留めていた。誤算。どうしたんだ俺。予想外の展開に、冷や汗が伝う。名前は驚いたような顔で俺を見ていた。その名前の間抜け顔を見ていたら、何故か少し苛々した。そして、魔が差した。 「今日、帰りは?」 「は…?」 「帰り何時だって聞いてるんでさァ。いつも一緒に帰ってんだろ」 もちろん嘘である。しかし名前は大きく目を見開いて、硬直し、俺を見つめた。 「幼なじみって、んなに仲良いのかよ」 土方の言葉に、もうこれは、隠すよりいっそ縛り付けた方が早いのではないかと思った。今更、ただの幼なじみじゃ通しきれないし。 「ななな何言ってるんですか!そんなわけ」 「何言ってるんでィ。俺らはただの幼なじみじゃねーよ馬鹿土方」 今まで、俺がどんな苦労をしたと思ってるのだ。それは、俺しか知らないのだけれど。 名前が目立たないように、俺が名前との学校での関わりを絶っただけではない。名前に悪い虫がつかないように暗躍したり、うちのクラスの奴らとの接触を避けさせたり――そりゃあもう、色々したのだった。それらが走馬灯のように俺の脳裏に鮮やかに映しだされる。 「お互い将来を誓い合った仲だもんな」 それを口にした途端、俺の積み重ねてきたものは確実に崩れた。だが、目を白黒させる名前をどうしてやろうかと思うと、ひどくわくわくした。 崩壊する計画 (将来を誓い合ったのは、嘘ではない。 たとえあんたが忘れていようが、俺はあんたを落としてみせるぜィ) 090805 |