崩壊する計画


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「ミツバちゃんにこれ届けてって言われた」


突然、俺の前に弁当が突きつけられた。見覚えのある弁当箱だ。声の方に顔を向けると、これまた見覚えのある女の顔があった。
見覚えがあるのは当然だ。弁当箱は俺ので、女は隣に住むいわゆる幼なじみというやつだったからだ。


「何、コレ」

「弁当。あんた忘れたんでしょ」


それはあまりに突然で、予想しない事態だった。きっと俺は、今酷い顔に違いない。なんにしろ、何も考えられなかったのだから。女の、名前の顔を見つめるしかなかった。


「今朝、慌てたミツバちゃんが駆け込んできたから…」


呆然としていたら、不意に、名前が困ったような表情を浮かべて言い訳するように言う。そして目線を下に逸らした。それがなんだか妙で、それでようやく状況が把握できた。

名前が学校で俺に話かけてきたのは、大きな誤算であった。
小さな頃の俺と名前は、親の都合で仲良くならざる得ない境遇で、気が合ったわけでもなかったが、気づいたら一緒にいた。だが中学に上がって疎遠になった。女子と話すのが厄介になり、名前とも学校では話さなくなった。最も、しょっちゅう家族ぐるみの合同食事会が行われるので、そのときは普通だったが。そんなこんなで高校にあがり、今に至る。


「それでわざわざ届けに来たんですかィ」

「…断るわけにいかないし」


この事態は名前にとっても不本意だったらしい。なんか少し悔しいような気もするが、それは後回しだ。よく考えろ、ここはZ組である。最も、名前を近付けたくない場所だった。

(ここの連中は、厄介ですからねィ)

俺が学校で、極力名前を無視し続けてきたのには訳がある。自分で言うのは何だが、俺は良い意味でも悪い意味でも目立ちすぎるのだ。そんな俺が名前と親しげに接すれば、名前も注目されてしまうだろう。

(誰も名前に、気付いて欲しくないだなんて、自分でも赤面モノでさァ)

しかし、事実なのだから仕方がない。俺は、名前が好きなのであった。


「おい、妹かなんかか?」


土方が余計な口を出したのは、その時だった。名前はびっくりしたように、目を丸くする。珍しげにじろじろ名前を見る土方の視線が気にくわない。


「…土方、何馬鹿言ってんでさァ。B組の名前、同い年」


なるべく感情を悟られないように、そして名前に興味を持たせないように素っ気なく言う。


「お前の女子の知り合いなんて珍しいからよ」


土方が女子を気にするなんてその方が珍しいことを、この男は気付いているのか、いないのか。だからZ組の奴らは嫌なのだ。人の面倒事を、すぐに嗅ぎ付ける。


「じゃあ私、行くから」


名前は土方に怯えたような顔をして、踵を返した。ザマーミロ。これで名前との関係も、俺の気持ちもバレることないだろう。用がない限り名前はZ組に近づかない筈だし。


「ちょっと待った」


――驚いたことに、自分でも無意識だった。名前の腕を掴み、引き留めていた。誤算。どうしたんだ俺。予想外の展開に、冷や汗が伝う。名前は驚いたような顔で俺を見ていた。その名前の間抜け顔を見ていたら、何故か少し苛々した。そして、魔が差した。


「今日、帰りは?」

「は…?」

「帰り何時だって聞いてるんでさァ。いつも一緒に帰ってんだろ」


もちろん嘘である。しかし名前は大きく目を見開いて、硬直し、俺を見つめた。


「幼なじみって、んなに仲良いのかよ」


土方の言葉に、もうこれは、隠すよりいっそ縛り付けた方が早いのではないかと思った。今更、ただの幼なじみじゃ通しきれないし。


「ななな何言ってるんですか!そんなわけ」

「何言ってるんでィ。俺らはただの幼なじみじゃねーよ馬鹿土方」


今まで、俺がどんな苦労をしたと思ってるのだ。それは、俺しか知らないのだけれど。
名前が目立たないように、俺が名前との学校での関わりを絶っただけではない。名前に悪い虫がつかないように暗躍したり、うちのクラスの奴らとの接触を避けさせたり――そりゃあもう、色々したのだった。それらが走馬灯のように俺の脳裏に鮮やかに映しだされる。


「お互い将来を誓い合った仲だもんな」


それを口にした途端、俺の積み重ねてきたものは確実に崩れた。だが、目を白黒させる名前をどうしてやろうかと思うと、ひどくわくわくした。




崩壊する計画





(将来を誓い合ったのは、嘘ではない。
たとえあんたが忘れていようが、俺はあんたを落としてみせるぜィ)

090805



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