転換する関係 -------------------------------------------------------------------------------- 「ミツバちゃんに、これ届けてって言われた」 私が素っ気なく差し出した包みを、総悟は訝しげに見つめた。 携帯をいじりながら気だるそうに椅子に座った彼は、どちらかといえば可愛い部類の顔を完全に無表情にした。そりゃあ、うん、仕方がない。学校では全く絡みのない私が、いきなり教室まで弁当届けに来たら。私と総悟――沖田総悟はいわゆる幼なじみだ。というか、家が隣なだけだけど。幼い子どもが親の都合につき合わされるのは宿命みたいなもので、私と総悟がこの場合だった。お母さん同士が仲良いからって理由だけで、小さいときはよく一緒に遊んだものである。 「何、コレ」 「弁当。あんた今日忘れたんでしょ」 自然と、素っ気ない口調になった。極力短く済ませたいという魂胆が見え見えだ。 私たちは小学生のうちはそれなりに仲良かったのけど、中学入学を境に自然と一緒に遊ばなくなった。けれど、思春期を迎えた私たちが疎遠になるのは、とくにおかしな話ではない筈だ。それに――これは私だけの話だが、見た目麗しい総悟は既に女の子の注目の的だった。だから下手に仲が良いとまわりの目が怖かった、というのも理由のひとつだったのかもしれない。 偶然高校は同じで、入学式で知って吃驚した。今更、中学の時のようにあからさまに避けたりはしていないけれど、同じクラスでもなければ挨拶もしない仲だ。…未だに行われる、家族ぐるみの行事では普通に話せるのに、どうして学校だと上手くいかないのだろう。 「今朝、慌てたミツバちゃんが駆け込んできたから…」 総悟の無表情が怖かった。最後に話したのはいつだったっけ。入学祝いのホームパーティーかな。姉であるミツバちゃんにはよく会うのに、総悟とはもう半年くらい話していない。学校の総悟は私の知っている総悟とは違って、なんだか怖かった。 「それでわざわざ届けに来たんですかィ」 「…断るわけにいかないし」 じろり、と総悟の茶色の瞳が私に向けられる。思わず身を竦めたその時、総悟の近くに立っていた男の子が口を挟んだ。 「おい、妹かなんかか?」 「…土方、何馬鹿言ってんでさァ。B組の名前、同い年」 「お前の女子の知り合いなんて珍しいからよ」 土方という人は、たしか総悟の仲良しな友達。美形二人なため、校内でも目立つのである。 「じゃあ私、行くから」 その空気に耐えきれなくて、踵を返す。そのまま立ち去ろうと思ったら、突然腕を掴まれた。 「ちょっと待った」 総悟だった。無表情のままかと思いきや、何故か眉間に皺を寄せて、ちょっと不機嫌そうである。何か用、と首を傾げた私に、総悟はゆっくり口を開いた。 「今日、帰りは?」 「は…?」 「帰り何時だって聞いてるんでさァ。いつも一緒に帰ってんだろ」 ………は? え、いやいやそんな話聞いたことないんですけど!え、なにこれなんのドッキリ! しかし、総悟は至って真顔。自分がおかしいのか、何か聞き間違えたのか…?。衝撃で何も話せないでいる私に、追い討ちをかけるように土方が突っ込んだ。 「幼なじみって、んなに仲良いのかよ」 「ななな何言ってるんですか!そんなわけ」 「…何言ってるんでィ。俺らはただの幼なじみじゃねーよ馬鹿土方」 ワンテンポ遅れて、総悟が言った。顔を上げた総悟は、無表情でも怒ったような顔でもない。にやりと笑ったいつもの総悟だった。 それに安堵して息を吐き掛けたその時、ぽんと肩に手がおかれ――あ、いやな予感。 「お互い将来を誓い合った仲だもんな」 彼は、とてつもない爆弾を投下した。 転換する関係 思い出す。 私の初恋は確かにこの男で、確かに二人して誓いの真似事をしたかもしれないと。 総悟が何をもってそんな事言い始めたのかわからなかったが(まぁ多分、私を厄介ごとに巻き込むだけだろうが)、私の高校生活が180度危険な方向へと回りだしたことだけはわかった。 少しだけ嬉しかったなんて、秘密である。 090805 |