犯行予告




こっそりと、忍び足で、私はゆっくり近づいた。彼は誰よりも気配に鋭いし、こんな真似しているのを知られたら、それこそ恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。いや、それ以前に職を失う可能性だって高い。
そんな危険を冒してまで私は、日課となりつつあるこの行為をやめられずにいる。


沖田総悟は、私が女中として勤めている真選組の幹部のひとりだ。メンバーの中でも一際年の若い彼は、しかし剣の腕は組織一と言われる青年である。性格は少々Sっ気があるものの、その肩書きや整った顔立ちで女中達の中では憧れの対象だった。
――残念ながら、私は彼に全く興味を持っていなかったけれど。


(その私が、まさかね)

内心で自分に呆れながら、私は少し離れた木陰を見やる。そこには、暖かな日差しから逃れるように木陰に横たわる、沖田隊長の姿があった。蜂蜜色の髪がきらきらと日光に反射して、神々くさえ見える。

きっかけは、些細なことだった。

大所帯の真選組では、洗濯も一苦労。その日は特別沢山で、干す場所がないので仕方なく、いつもは足を踏み入れないような建物の裏側へと来ていた。そうして無事仕事を終えようとしたとき、私は視界にふと黒い隊服の裾が入ったのだ。


(――どうしてここに?)


大きな木の後ろに見えたそれ。不思議に思って近づくと、そこには思いもよらない人物が居た。


(沖田隊長…!?)


幹に寄りかかるようにして、彼は眠っている。そういえば、沖田隊長は時折姿を消す。どこでサボっているのかと思えば…なる程、確かにここなら誰にも邪魔されないだろう。
いつものアイマスクを付けた彼は、意外な程穏やかな寝息を立てていた。思わず微笑んだ私は、静かにその場を後にした。



それから、私は時折ここへ足を運ぶようになった。昼下がりの時間帯、沖田隊長は大抵そこで眠っていたから。洗濯物を干すついでに、少し離れたところからそっと見るだけだけれど、いつの間にかすっかり楽しみになっていた。
覗き見だなんて、随分変態じみていると思う。けれど、あの沖田隊長が子供みたいなあどけない表情で寝ている、というのがなんだか微笑ましいかったのだ。

ただし、ミーハーな女中に知れたら大変なことになる。きっと隊長は落ち着いて休息をとれなくなるだろう。だからこれは、私だけの秘密。






(あれ?)


その日、いつものように隊長に視線を向け、違和感に気づいた。何故か今日はアイマスクが、無い。
警戒心が強く、決して弱味を見せない彼が珍しい。おかしいと思ったが、それよりも初めてみる沖田隊長の寝顔に、視線が離せなかった。


(綺麗、)


静かに伏せられた瞼に、蜂蜜色の髪が掛かってきらきらしている。整った顔立ちで寝入る彼は、本当に王子様のようだ。


(寝てる、よね)


そっと近づく。いつもなら、こんなには近づかないのだけれど。よく眠っているようだったから私も大胆になっているみたいだ。
ふと、柔らかそうな髪に葉っぱが引っかかっているのが目についた。大方、副長から逃げる際に付けてきたのだろう。それを摘み上げようと手を伸ばす。
―――伸ばした瞬間、強い力に腕を引かれた。


「何かようですかィ」

「た、隊長…!?」


目の前には、ニヒルな笑みを浮かべた沖田隊長。勿論起きている。いつの間にか私は、肩を地面に押し付けられる形で、倒されていた。


「お、起きていらっしゃったんですか!?」


慌てて声を上げるが、彼の力を弱まることはない。隊長は私の問いに答えることなく、目を細めて言った。


「あんた、いつも俺のこと見てたやつですねェ」

「……!」

「気づかれてないとでも、思ってたんですかィ」


まさに、図星。ならばいつものあれは、寝た振りだったのか。そう思ったら途端に、羞恥で頬に熱が集まった。


「あの、別にやましい気持ちとかじゃないんですっ…!覗き見とか、よくないと思ったけどあまりに気持ちよさそうで、」

「面白い女でさァ」


必死に弁解する私に、ニヤリとした笑みを唇に刻むと、漸く沖田隊長は解放してくれた。髪や服についた土を払いながら改めて、隊長に頭を下げる。とんでもなく行儀が悪い所を、見られてしまっていたのだ。


「本当にごめんなさい!」

「まァ、そんなに責めるつもりもないですぜ」

心配していたようなお咎めは無いようで、私はほっと息をついた。


「ただ、やっぱりお仕置き無しっていうのも甘いですかねェ」


勿論、否があるのは私の方だ。だから、罰を受ける覚悟はしている。
素直に頷くと、隊長はなんだか愉快そうに笑う。


「これでチャラにしてやらァ」


突然ぐい、と強引に引っ張られ、触れた唇。一瞬何が起きたのか理解できずに呆然とした。


「ごちそう様」


囁くように低く言った沖田隊長。漸く我に返り、理解した私は腰を抜かして座り込む。


「隊長っ!?」

「――気に入りやした」


眠っている時とはまるでちがう、意地悪な笑み。


「覚悟、しとけよ」


王子様だなんて、とんでもない。
しかし、唇同時に心も奪われたのだと、私は実感していた。




犯行予告




沖田総悟ハッピーバースデー!
バースデーケーキ様へ提出します。

090704



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