包帯と心配性


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正一が怒っている原因は、私が怪我をしたことにあるらしい。


「非戦闘員だっていうのに…なんで戦ってるんだ」

「戦いっていっても、訓練だよ。実戦はしないよ。でも、マフィアにいるんだから自分の身くらい守れないと」

「…怪我したじゃないか」

「ちょっと足捻っただけだよ」


正一は呆れるくらいの心配性で、私が怪我をしたと聞いて、仕事を放り出して駆けつけたようだ。恋人にそんな風に心配されて、私は嬉しくない筈はない。でも、この対応はやりすぎだと思う。


「ねぇ、たかが捻挫でどうして私はベッドに寝かされないとならないのよ」

「安静にしてなきゃだめだろ」

「骨折でもあるまいし、デスクワークならできるよ」

「駄目。第一、名前は僕の言うことを聞くって条件で連れてきたのに、なんでいつも勝手するんだ」


正論に返す言葉もなく、私は不満のまま口を閉じる。
私は、元々ミルフィオーレの人間ではない。でも正一を一人ミルフィオーレに入らせるのがどうも不安で、無理を言って付いてきたのだった。
正一は勿論反対したけれど、私もそれなりに覚悟を決めていた。だから、非戦闘員としての入隊を許してくれた。

ぐるぐるに包帯が巻かれた足に、憂鬱になる。うっかり足を滑らせて、捻挫した。大した訓練でもなかったのに、悔しい。正一もなんだか険しい顔で白い包帯を見ていた。


「…もう無茶はしないからさ、今日は仕事に帰りなよ」


妙な沈黙に耐えきれずに私は正一の肩を叩く。処置が早かったから、一週間で治ると聞いた。正一も、仮にもミルフィオーレの幹部なのだから仕事も溜まっているだろうし、心配しすぎなのだ。


「名前は、嘘付きだ」


正一が返したのは、予想外の言葉だった。
驚いて正一を見返すと、怒ったようにこちらを睨んでくる。


「な、嘘なんか吐いてないよ!」

「自分で気づいてないわけないだろ。君の言葉は嘘だらけだ」

言葉はかなり辛辣、いつもからは想像できない程冷たいもので、何故怒られているのか分からない私は、ひやりとしたものを背筋に感じる。これは、キレてるときの正一だ。


「何が嘘だっていうの、私何かした?」

「…気づいてないのか。無意識に僕を傷つけてたんだね」

「――、正一!もっとわかりやすく言ってくれなきゃわかんないよ!」


たまに正一がこんな風になるのは見たことがあったけれど、その矛先が向けられたのは初めてだった。怖い。正一に、見捨てられたようで。こちらを煽るような口調に、私の語気も荒くなる。耐えきれず、正一の服の裾を掴んだら振り払われた。


「………っ」


それが思った以上にショックで、言葉も出ない。泣くのが悔しくて、必死に唇を噛み締めて俯くと、正一は私をちらりとみて溜め息を吐いた。


「名前は、強いよ」


その口調は、いつもの優しいものへと戻っていた。それに気が付いて顔を上げると、正一は視線を落としていた。


「いつも自分で決めて、自分で歩いてく。全然迷わなくて、こんな所にいても真っ直ぐで強い」

「…そんなこと」

「でも、僕はもっと頼って欲しいんだ!」


半分叫ぶように正一は言う。強い力で手を握られた。依然として俯いているが、きっと悔しい顔をしているんだろうなぁ。それか、苦虫をかみ殺したような顔。
あのとき、私がミルフィオーレに入るって決めたときのような。


「確かに僕は頼りないしれない。戦闘は苦手で、すぐお腹痛くなるし。でも、仮にも僕は男で、君の彼氏なんだ」

「正一…」

「無理しないで、たまには守られてよ!」

握られた手が暖かい。正一の顔を覗き込むと、急に頬が赤くなって目線が逸らされた。照れているらしい(自分で言ったのに)。


「…私がミルフィオーレに入るって決めたときに、正一は凄く反対したよね」

「そりゃあ、」

「最初は止めようと思ったんだ。でもね、正一がなんでマフィアに入ったのか、その理由は今でもよくわからないけど…正一にとって大切なことだってことはわかった。止めるのは無理だってね」


正一は頼りないへたれだけど、彼が覚悟を決めたら断固として動かないことはよくわかっていた。あのとき、あんな真剣な正一を、止めることは絶対できなかったと思う。


「でも、正一をひとりにするだなんてことはできない。そう思ったから、私も付いていこうって決めたの」


我ながら無茶苦茶だが、それだけ必死だった。何故か、今正一と離れたらもう会えないような気がしたから。


「実は…決めたはいいけど、恥ずかしいことにちょっと覚悟はできなかったんだ。だってマフィアだなんて、想像すらできないよ」

「じゃあどうして、」

「正一が、守るって言ってくれたじゃない」


ついて行くと言って聞かなかった私は、しかし覚悟なんてしきれてなかった。裏社会は怖い、でも正一と離れたくはない。だから、震えながらも決めたのだ。
正一は大反対だった。でも、ある日突然許してくれた。まさかと思い、吃驚して聞き返した私に、正一が高らかに言った。

――僕が、名前を守れば問題ないだろ

その一言で私は安心した。今でも、記憶に鮮やかに残っている。


「だから、私は正一をすごく頼りにしてるんだからね。生憎、家で帰りを待ってるだけ、なんて可愛い性格ではないけど。でも、正一だって仕事があるんだから…私だって強くなりたいって思うのは当然じゃない」


守ってもらうだけなんて、性に合わない。そんなんだから、可愛げがないのだろうけど。
握られた手にもう片方の手を重ねると、正一はゆっくり顔を上げて、でも不機嫌そうに呟く。


「……非戦闘員ならって言ったのが、抜けてる。僕は名前が怪我しないって条件で許可したんだ」

「う…ごめんなさい」

「もういいよ。名前が僕に心配かけたいのはよくわかったから」


ついさっきまで不機嫌そうに歪められていた顔は、呆れたように溜め息を吐く。


「明日からしばらくは、僕の書類整理手伝ってもらうから。足が治ったら、今度は怪我しないようにしなよ」

「…訓練してもいいの?」

「いざという時は僕が守るからね」


言いながら正一の顔は赤い。折角格好いいこと言ったんだから、照れなければいいのに。でもそんなところが正一らしくて、笑ってしまった。
本当、だから大好きなんだ。




包帯と心配性




「……安心したらお腹痛くなってきた…」
「え、えええ!ちょっと、看護師さーん!」
名前の足より正一のお腹の方が重傷。


10000hit!零さんに捧げます。

090528



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