うめごよみ


買い出しに出た帰り道だった。私とスパナは特に会話をするでもなく、並んで基地への道を歩いていた。それはいつもの光景。でも、いつもと違ったのは基地まであと少しに迫った時、スパナが私の腕を引いたこと。


「ちょっと、寄り道」


私がスパナを連れまわすのは常だが、その逆は珍しい。私は首を傾げながらもスパナに大人しく腕を引かれる。
街やなんかには大分馴れてきたものの、私はまだこの辺りの地形には詳しくはない。それは一緒に配属されたスパナも同様だろうに、スパナは迷うことなくどんどん進んで行く。


「ねぇ、どこいくの?」

「いいところだ」


それ以上スパナは何も教えてくれない。彼はいつだってマイペースだ。仕事中もそう。私がいても、集中すればそれすら忘れてしまうようで、モスカにスパナをとられて私は何度頬を膨らませたことか。それでも、それがまたスパナの魅力なのだけれど。長い間側にいた私は、例え行動が突拍子ないものでも彼が考えなしに行動することはないと知っている。それでも今、スパナが何をしたいのかは想像出来なかった。
スパナと私は次第に繁華街から離れ、静かな住宅街に近づいているようだった。いつまで経っても何も教えてくれる気配のない彼に、私は耐えきれずもう一度尋ねた。


「どこに向かってるの?」

「もうすぐだ」

「ねぇ、教えてよ」


私がよほど不安な表情だったのか、スパナは私をちらりと見ると躊躇った様子で口ごもり、そして遂に溜め息混じりに呟いた。


「……花見」


花見。日本好きな彼がいかにも食いつきそうな話題だ。しかし私も日本人の端くれだから、今、二月に桜なんて咲いてないことくらい知っている。


「スパナ、桜の咲き頃は四月だよ」

「知っている」

「…今は二月だよ?」

「そうだな」


もしかしたらスパナは、桜がまだ咲いてないと知らないのではないか。そう予想して問い掛けた言葉は、あっさりと返された。どうやら彼は、それを承知で花見をするらしい。


「スパナ、まだ桜は見れないよ。桜が咲いてないと花見はできないよ?」

「名前。ウチが見せたいのは桜じゃなくて……あ、」


スパナが言いかけた言葉を飲み込んで、私の後ろの方、ある一点に視線を向けていた。私も振り向いて彼の視線の先を追う。


「…梅?」


そこにあったのは、白や桃色に見事に色付いた梅の木。もしかして、と私が問い掛けるようにスパナを見上げると、スパナもこちらを向いて微笑んだ。


「そう、これを探していたんだ。正一に今が見頃だって聞いたから」

「本当に綺麗!まさか、桜じゃなくて梅だなんて思わなかった」

「昔は桜じゃなくて梅見だったらしいからな。名前が喜んでくれて、ウチは連れてきたかいがあった」


初耳だ。スパナはいつも日本人の私でも知らないことを知っている。その癖、逆に当たり前のことを間違えて覚えてたりするけれど。
二人並んで花を見つめていると、不意にスパナが呟いた。


「でも、ちょっと寒かったな」


確かにまだ春までは程遠い。意識していなかったが手足は冷えてきている。


「私は大丈夫だよ」


なんだか申し訳なさそうなスパナを安心させるようにいうと、スパナは突然私の腕を引いた。


「…冷たいな」

「や、だから大丈夫だって」

「名前が風邪引いたらウチが困る。こうすればあったかいだろ」


ぎゅう、と後ろから抱き締められた私は鼓動が早くなるのを感じた。確かに温かいが、スパナの体温をすぐそばに感じて別の意味でのぼせそうである。そろそろ離してもらわないと、と口を開き掛けた私より先にスパナが言った。


「ウチ、桜も好きだけど梅も好きだ」


その声が思ったよりも寂しそうだったため、私はどうかしたのかと彼を見上げる。


「ずっと名前とここに来たかったんだ。あんたなら、喜んでくれると思って」

「スパナ?」

「また、来年も一緒にきてくれるか?」


来年、なんて未来のことを彼が語るのは珍しい。どうしたんだろう、それはわからなかったけれど、私はスパナを安心させたくて笑顔で頷いた。


「もちろん!約束ね」

私の答えににっこり笑ったスパナを見て、嗚呼やっぱり春は温かいな、と頬を緩めた。




うめごよみ
(梅のように君が散ってしまうような、そんな感覚に陥ってウチはなんだか不安になった)




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アスカさんに捧げます。


090308
※梅暦…梅の開花が春を知らせること。



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